35年ぶりのロックガーデン

もう長い付き合いで家族同然の浦上さんが最近山登りにハマっているという情報を聞き、自身も涼しい顔して槍穂縦走しちゅうような我が家のイタリア人が「芦屋に来て長いけどロックガーデンに登ったことがないから連れていって」とお願いしたらしく、二人で行くもんだと思っていたらなぜか僕まで一緒に行かされる事になり・・・。

今はどうか知らないけど、僕らの年代は小中学校の頃の遠足の開始地点がロックガーデンで、そこからあっち行ったりこっち行ったりと学年に応じてコースが変わっていったんですけど、なんせ最初のロックガーデンで体力を激しく消耗するので何一つ良い思い出が無いんですよね。

なので本当に気が進まないまま登り始めた訳ですが・・・。

もう何一つ僕の感情は変わって無かったです。小学校の時の僕と同じ。あの高座の滝に貼ってあるロックガーデンの名付け親だかなんだか知らないけど、あのオッサンをシバきたいわ〜という思いは35年経っても変わらなかったです。それくらい嫌い!ロックガーデン!

とはいえ、さすがに三ヶ月前の僕なら高座の滝までも行けなかったでしょうし、そう考えると筋力と体力がしっかりと復活している証拠な訳で、それはそれで一応大きな収穫でした。

あ!でも本当に一番の収穫は、山で出会う人に笑顔で「こんにちは〜」と言える大人になった事でしょうか。

僕がしていること

2020年4月20日に左の写真をインスタにアップしていたので、良い比較になると思い2021年4月20日右の写真を撮りました。
「ダイエット」という概念でやっている訳ではないのですが、結果的には「効果的に体重を落とす」という行為を行なっているので、全く参考になるかどうかわかりませんが、せっかくなのでここまでの経緯をまとめてみたいと思います。
基本的にお金をかけず誰でも出来る方法だと思います。僕の場合、投資したのはアウトレットで買ったMBT代5000円のみです。12年前にMBTを履いていた時は普段履きにもしていたので3万円くらいのを買いましたが、今回は歩くだけなので見た目もダサくて良いから安いのを選びました。

<動機>
前にも書きましたが、「体重を落とそう」と思ったきっかけは「高くなり過ぎた血圧を薬を飲まずに落としたい」という事です。単純に「痩せたいなぁ〜」という動機であれば、ここまで真剣に取り組んでいなかったと思います。なので、動機の部分はとても大事なのではないかと思います。
僕の場合、「生きてるだけでしんどい」というような状況だったので、あの状態から抜け出せれるのであれば、多少のことは我慢出来るのではないかという気持ちがありました。今でもそれが一番重要な事だと思います。
写真で体重が105キロくらいだったと思います、人生で初めて三桁に到達し「ヤバいなぁ」と思いつつ、コロナ禍でヒマになりヤケも手伝ってこの後体重は増加、最終的にお医者さんと相談して「体重を落とそう」と決意した2021年1月29日の段階で112キロに到達していました。
体重112キロで血圧180、これを血圧120にすることを目標にとりあえずマイナス30キロを目指し2021年1月30日からスタートしました。
2021年4月21日の朝の測定で体重88.7キロで血圧130/90です。後10キロ近く落とすと125/85くらいで安定してくれるのではないかと思っていて、とりあえず体重ではなくその血圧の数値が目標になります。

<方法>
まず最初に決めたのが「白米とビール断ち」です。お腹がポッコリする原因を作っているのが、僕の場合この二つだと思ったので、まずそれを始めました。そこで効果的に体重を落としてからでないと膝への負担を含め運動が出来ないと思ったので、まずそこに着手、結果的に1週間で8キロくらい落ちたので、そこから運動を始めました。
ビールをやめるのは辛かったですが、タバコをやめた時と感覚が近かったので精神的に辛くは無かったです。最初の頃はウォーキング後に「ここでビール飲んだらさぞかし美味いんだろうなぁ」なんて思っていたのですが、「今動いた分がビール1杯でチャラになる」と思ったらとてもじゃないけど飲む気になれなかったです。なので10日くらいで全く欲しなくなりました。白米に関しては後述します。
それに伴い、食生活を見直しました。

・朝/ヨーグルト+プルーン(開始一ヶ月後より+パン or 発芽玄米半盛)
・昼/低糖質&高タンパクメニュー(スープ中心・野菜ファースト)
・夜/カロリーメイト1本(最近はそれを蒸しささみ1本に置き換え)+森永トリプルヨーグルト
※糖質制限や栄養の計算は家内にお願いしています
ただ確実に摂取分が常に足りて無い状態なので体力がない方は無理しないようにした方が良いかと思います。僕の場合、体に肉の貯金がたくさんあるブルジョワだったので、さほど辛さは無かったです。それでも最近は時々フラっとする時があるので、どこかのタイミングで見直しは必要かもしれないです。

以上を現在も続けていますし、目標達成まで続けます。

基本的に「消費カロリー>摂取カロリー」を軸に考えています。そして、消費カロリーを増やす為には運動、僕の場合はウォーキングを行なっています。食事だけで上記のことをすると絶対に無理が生じるのと、どうせなら筋力強化や体力強化を兼ねたいと思っていたので、必ず運動を取り入れるようにしています。梅雨時期に入って歩けなくなれば水泳を取り入れていく予定です。

ウォーキングに関しては、ちゃんと着替えて目的意識をしっかり持って歩くようにしています。僕の場合は、MBTを履いてのウォーキングになります。かかる負荷が全然違うのと、全身の筋肉に効いてきますので、消費カロリーを増やすのと筋力を付けるのとで一石二鳥です。
仙骨を立てて腹筋に力を入れてしっかり早足で歩く。これで10キロ歩き切るとフラフラになります。大体1時間30分くらい。しっかり集中して歩くのが大事だと思っています。
移動で長距離を歩いたりするより、僕の場合はこのやり方が効果的だと感じています。出来れば燃焼系サプリも必須で。

上記のようなリズムを構築出来れば、常時「消費カロリー>摂取カロリー」が保てるので、落ちるペースは段々遅くなりますが、確実に落ちていきます。僕の場合、95キロくらいから落ちるペースが遅くなり、現在は5日で1キロというペースになっています。恐らくこれが1週間に1キロ、2週間に1キロのペースになってくると思われますが、それでも継続すれば「必ず落ちる」ので、自分を信じて継続していくだけ!だと思っています。

「消費カロリー>摂取カロリー」さえ保てていれば、糖質や炭水化物のバランスが多少崩れても大筋で大崩れすることはないので、僕は時々大好物の「モロゾフのとろ生プリン」を食べたりしています。恐らく消費カロリーに対して摂取カロリーが低すぎるので、たまに糖質を少し多めに摂らないと体調にも影響が出るので。ただし、この部分は自分でコントロール出来なければ危険な事になるので気をつけたい部分です。僕は食べたものの数値や諸々の数値をデータ化して自分でコントロールしているので、「最近足りてないから足す」「最近摂りすぎてるからやめる」ということ意識して取り組んでいます。
それが出来ると、二日くらい付き合いで外食が続いても大崩れはしません。ただし、そこでも暴飲暴食する訳ではなく、同席している人が不快な思いをしない程度に量を減らして食べることは徹底したいところです。

<目標とその後>
という訳で恐らくこの状態を続けていけば、僕の中では7月頃には目標の数値である「血圧120/80で安定」に到達出来るのではないかと思っています。その時の体重は恐らく80キロ前後になるのではないかと思われます。

目標に到達したらどうするか?
それを維持すれば良いだけのこだと思っています。
今の段階でコントロール出来ているので「減らすことも増やすことも無い」という状態をキープするのは、さほど難しいことではないと思います。
僕の中では、上記の食生活の昼のところに白米軽く一膳だとか夜にスープを足すとか、そういうバランスの取り方でいけるのではないかと思っています。ダメならまたその時に考えれば良いだけの話だと思っています。
という訳で白米は解禁すると思いますが、ビールは多分もう飲まないと思います。「軽く一杯ならええやろ」が命取りになるのがビールだと思います。お酒は外食時にたしなむ程度で良いんじゃないかと思います。後、今のように追い込む必要もなくなってくるので、家でもたしなむ程度では飲むと思います。でもビールはアカン!ビールだけは命取りになる。それはもう絶対そう思う。

多分、皆さんが一番気になるのがリバウンドという問題だと思います。敬愛するアントニオ猪木さんの言葉を借りるのであれば、「やる前に負けることを考えるバカがいるかよ!」ということです。
リバウンドは「意志」の問題なので、「リバウンドすると思えばする」し「リバウンドしないと思えばいしない」が僕の持論です。なので、僕はリバウンドしない!と思っているので、リバウンドはしません。それも誰の為にやってるか?と問われれば、自分の為にやってることなので、その自分が「しない」と決めたら「しない」ということだと思っています。
最近はリバウンドのことを聞かれるとめんどうくさいので「盛大にリバウンドしたいから頑張って痩せる!」と答えています。僕にとっては本当にその程度の問題です。

以上、参考になったかどうかわかりませんが、これが僕がしていること、考えていることです。
ただ、僕だけの「特別」があるとするならば、それはもう我が家のイタリア人の存在以外の何ものでもありません。彼女がいたからこそ、ここまで順調に推移していますし、気持ちが折れることもなく取り組めています。「これだけ一生懸命やってくれる彼女を裏切ることは出来ない」というのが、もしかしたら僕の最大のモチベーションなのかもしれません。
そういう意味で家庭内にこういう相棒がいることはこれ以上ない強みなんだと思います。

いつも本当にありがとう。

親族会2021年春

実家である竹園の社長(従兄弟)主催で、2019年の春から、毎年春秋の年二回、親族会が開催されています。春は決算報告を兼ねた食事会、秋は創業記念日を共に祝う食事会となっており、家が近所で比較的休日をコントロールしやすいこともあり、僕は毎回必ず出席しております。

今回は春休み期間中ということもあって、遠方からも親しい従兄弟とその家族がかけつけたり、創始者夫婦(祖父と祖母)の祖母側の親戚が参加したり、それなりに賑わって楽しいひとときでした。

僕に出来ることは写真を撮ることなので、最後に集合写真を撮らせて頂きました。

子供の頃は、大勢の親戚が身近に密集して住んでいたので、学校の友達と遊ぶのと同じくらい親戚と遊ぶことが多く、通っていた小学校には1年生から6年生まで必ず親戚がいて、全員仲良くまだのどかだった国鉄芦屋駅前で遊んでいた日を昨日の事のように思い出します。

成長するにしたがって、世襲問題等でその仲はそんなに優しい関係ではなくなりましたが、社長を除いた親戚が竹園の外で生活していることもあり、最近ようやく昔の関係に戻れたのではないかと思います。

多分、そういう関係でなければ、誰もこの会には出席しないと思うし・・・。

今の社長は祖父と祖母が作った看板を一人で背負い、次の代に繋げる為に心血注いでくれているので、とにかく感謝しかありません。何も出来ませんが、その繁栄を心から願っております。

また秋に元気で皆と会えるまで、僕も頑張りたいと思います。

Still Alive/03/2021

あっという間に一ヶ月が終わる・・・もう数年そんな感覚、それもそのスピード感は増すばかり。
それでも日々を充実させることが大事で、そう思って毎日を生きております。

今月もずっと健康管理に取り組んでおりました。2ヶ月続けて血圧も下がり、体重は20キロ減、足の筋力が付いたのと脈も呼吸も安定したのとで、軽いジョグまで出来るようになりました。全て家内のおかげと心から感謝しています。

生活習慣も食生活も変えながら取り組んでいるので、確かに色んな部分が変わってはきているのですが、一番大事なのは根本にある自分を見失わないようにすることで、それが出来ていれば、何かが変わってもブレることなく生きていけると思っています。

コロナ禍の影響はいまだに大きく、写真の方の仕事もなかなか良い方向になりませんが、諦めずにしっかりと取り組んでいきたいと思います。

そして、春になったので、いよいようめちゃんの味でも勝負をしかけていきたいと思います。どちらにせよ、今年は本当に夏が勝負だと思っています。

健康体を目指す大きな通過点

昨年末の定期検診の結果を聞きに行ったのが1月28日。
近所の優しい女医さんから「血圧が180を超えていて危険です!でも梅田さんはまだ若いので薬に頼らず自力で体重を落としたら血圧も下がってくると思うので頑張りませんか?」と言われたのが全ての始まりでした。
その時に「今すぐ薬飲まないと死ぬで!」と言われてたら「じゃぁ死ぬわ」と答えていたと思います。

帰って我が家のイタリア人に「そう言われたので頑張ろうと思う」と伝えると、彼女が僕以上に奮起してくれて、低糖質高タンパクのスープシリーズをはじめ、油を使わず無水調理で野菜の旨味を引き出して満足させてくれる料理を作り続けてくれています。毎日インスタにアップしておりますので、気になる方は是非ご覧ください。

という訳で1月29日から禁酒と白ご飯断ちを開始しました。チートデイは僕くらい体脂肪率が高いと無用なので設けずに、朝にプルーンを入れたヨーグルト、昼にイタリア人が作ってくれる料理、夜はカロリーメイト1本とヨーグルトという食生活を開始しました。
体重が落ち始めた2月4日から懐かしのMBTを履いてガチのウォーキングを開始しました。負荷をかけて坂を登ったりスピードを上げて歩いたり、開始から1週間くらいで毎日歩く距離が10キロになりました。店が終わった18時から1時間半くらいをその時間に充てています。

そういう生活を続けて、今朝ついに血圧計のディスプレイから「高」という文字が消えました。我が家で使用している血圧計(オムロン製)は、135を超えると「高」という文字が出るのですが、今朝の数値は「134」でした。

今日に至るまで、インスタを見て頂ければわかると思いますが。我が家のイタリア人は同じメニューを一切出さず、毎日毎日違うものを作り続けてくれました。「少ししか食べないあなたが少しでも楽しめるように」という心遣いが本当にありがたかったです。
お金をかけず自分の意志だけで取り組んでいますが、彼女がいなければ絶対に辿り着けなかった「通過点」だと思っています。
当然のごとくまだまだ続けます。到達点は「健康」です。痩せたくてやってる訳ではなく、健康でいたいだけです。それは自分の為というよりも彼女の為という思いが強いです。
だから自分なりの到達点を目指したいと思います。

二ヶ月前にビール飲んでご満悦にさすっていた太鼓腹(18キロ相当でした)が無くなったのと、血圧計から「高」の文字が消えた、その一つの通過点を記す。

Still Alive/02/2021

昨年末に受けた健康診断の結果が1月の終わりに出まして、血圧が異常に高くなっている事が判明。思えば「生きてるだけでしんどい」という状況が続いておりましたが、それは完全にこれが原因だったのですね。
近所のいまむらクリニックの今村先生から「まだ若いんだから薬を飲まずに体重を落として数値を正常化しませんか?」と言われ奮起しました。ここで「薬を飲め!」と言われていたら、恐らく奮起しなかったと思います。
という訳で、今月は糖質制限と運動を開始し、15キロの減量に成功しました。
一番ベストの体重からこの4年で30キロ太ったので、一年かけてそこに戻そうと思っています。わずか一ヶ月で半分が落ちたことになりますが、大変なのはここからだと思っています。
そう!最初の10日くらいで一気に落ちたのですが、その後は停滞期に入り、それを抜けても5日で1キロ落ちるというペースに変わりました。それでも落ちない訳ではないので、変わらず取り組んでいけば、必ず最後に良い結果に辿り着けると信じております。

やっていることは、白米と酒を断ち、朝にプルーン入りのヨーグルトを食べ、昼は低糖質高タンパクな食事を摂り、夜はカロリーメイト1本という食生活です。
「それでストレス感じないの?」と言われることもあるのですが、とにかく昼ご飯に対して、家内がs全神経を注いで美味しく健康的な食事を作ってくれるので、それで満足出来るのです。
今回のことで今まで以上に彼女への感謝の気持ちが強まりました。彼女よりも1分1秒でも長生きして尽くし送ってあげたいと思っております。

運動の方は、毎日店が終わった18時から90分歩いています。昔履いて結果が出たMBTを履いてのウォーキングです。全身に負荷がかかる為、歩き始めた頃は45分くらいが限界でしたが、毎日続ける事で時間も距離も倍に伸びました。店が休みの日は少し遠出したり、それなりに楽しんでいます。
梅雨時期や雷が多くなると歩けなくなるので、そのタイミンングでスイミングと併用していきたいと考えています。

そんな訳で、今月はとにかく健康を取り戻す作業をずっと行っていた、そんな一ヶ月でした。
ブログに書くこともなく、ただただ毎日上記の生活を送っておりました。
多分、来月もそれがベースになると思います。

Still Alive/01/2021

年始から緊急事態宣言が出され、不穏な状態でのスタートとなりました。不要不急が叫ばれる中、代わり映えのしない街中に不安しか感じません。コロナ禍でやはり先は見えませんが、自分を信じて前を向いて進んでいきたいと思います。

という訳で今月はどんよりした日々が続きました。後半に京都会議の撮影に行きましたが、本来であれば感染に気を使いお断りしたいくらいでしたが、お世話になった方からのご依頼だったので、頑張って行って来ました。宣言前のご依頼だった為、スケジューリングして何度も往復するよりも宿泊と思いましたが、何もなく外出出来ない京都というのも、それはそれでとても切ないものがあり、仕事で行ってるとはいえ、そういうことを思い心が寂しくなりました。こういう日々がいつまで続くのか・・・本当に早く、一日も早く収束してほしいと心から願います。

健康診断の結果が思わしくなく、食生活の改善をはじめました。思えばもう50歳。今までと同じという訳にはいかないですね・・・。

色んな意味で今年は大変になりそうです。

我が心のグアム合宿

毎年1月の終わりになると思い出すのが、2014年の1月末に行われたグラム合宿。
このブログでも書いてきた、2010年から始まった桑田真澄さんの「指導者講習会」を本にまとめる為に行われた合宿でした。一週間ホテルに缶詰になって、ずっとディスカッションして骨組みを作る日々。僕は指導者講習会の第一回目から事務局、カメラマンとして参加して、全ての講義を見聞きしてきたので、桑田さんから内容の確認をされ、「あの時はこう仰ってました」と答えたり、「あの時にこういう事があってこういう意見になりました」的なことを答える役目と、本に掲載する写真の撮影の為に帯同させて頂いたのでした。

今でも思い出す、あの異常な程の暑さだった2010年の夏、第一回の指導者講習会、その第一声が「コーチの語源とは」でした。コーチとは一体どのような役目を行うべきであるか、指導者講習会はそこから始りました。合宿から一年経過した翌春出版された書籍「常識を疑え」の冒頭でもそのことが書かれています。

今、桑田さんはその語源を体現すべく、球春を迎えようとしています。新しい旅を心から満喫して頂けることをただただ願っております。そして、自身が追求した指導者としての理念で、一人でも多くの選手と並走し、最適なゴールに導いて頂きたいです。
今年のNPBは違う意味で楽しみです。

グアム合宿の思い出はたくさんあるのですが、たくさんたくさん、本当にたくさんの話をしました。このチームの絆は永遠だと思っています。

毎年1月の終わりになると、僕はやっぱりグアム合宿を思い出します。

京都会議

日本青年会議所毎年行う「京都会議」を撮って欲しいというご依頼を受けましたので、金曜日から三日間、国立京都国際会館で撮影を行いました。
依頼を受けた時は緊急事態宣言前だったので、木曜日に予定されていた伊勢神宮参拝も日帰りで撮りに行く予定でしたが、宣言後に当然中止となり、京都会議自体のスケジュールも大幅に変更になりました。

通年であれば、ハンパない人数が集まって会館内が満員電車のようになるらしいのですが、今年は初のリモート開催ということで、当然のことながら閑散としておりました。
困るのが、撮れる絵が毎日ほぼほぼ同じで、それで誌面を作らなければならないこと。
でも、実はそれは逆に「今年初めて撮れる絵」ということなので連日過去の資料にはない絵を撮るアプローチが出来たので、終わってみればとても楽しい現場でした。

で、勉強不足も甚だしいのですが、JCの方々の年齢制限を知らなくてですねぇ(前職でJCの宴会のサービスについていたにも関わらず)、今回初めて40歳で卒業ということを知った訳です。
ということはですよ、皆さん三十代という事になる訳ですよね・・・いや、ちょっと大人過ぎやしませんか?
考え方がしっかりしていて、立派なことを仰るから余計にそう見えるのかもしれませんが、発言されたりしている姿や言動から、僕とそんなに歳が違わないんだろうなぁなんて思っていた訳です。いや、実際50を過ぎて尚この体たらくの僕からすると、僕よりも年上なんだろうなぁなんて思ってしまった訳です。

いやいや、全員三十代(二十代後半含む)ですか!
俺が三十代の頃はもっとやさぐれてましたよ。いや、今とあんまり変わってないかも・・・。

そう考えると、本当に凄いですね。その活動にのめり込む心情は全く理解出来ませんが、その情熱、行動力は敬服するばかり。皆さん本当に素晴らしい!

初のリモート開催となるエポックな京都会議を撮らせて頂きありがとうございました。

おめでとうございます

桑田真澄さんが巨人軍の投手チーフコーチ補佐に就任されました。ユニフォームを脱がれた後の活動を微力ながらお手伝いさせて頂いてきて、その一つ一つが僕の財産になりました。
この10年以上の年月、桑田さんは一言も「巨人のユニフォームが着たい!」ということを口にしませんでした。もっといえば、「こうなりたい」という事を口にすることはありませんでした。いつも僕に「自分がなりたい姿を頭に思い描いて、そこに向かって努力すれば、必ず良い結果が訪れる」と仰っていました。きっとその通りになったのだと思います。

僕は生まれてからずっとサービス業のど真ん中で育ちましたので、野球選手をはじめ、お越しになられる方々の職業について聞くということがご法度であると教え育てられました。なので、あまり興味がわかなくなったのかもしれませんが、桑田さんに対しても聞かれたら答えますが、こちらから野球の話をしたことはありませんし、聞いたこともありません。そういう部分を評価して頂いて、信頼して側において頂いていたのではないかと思っています。

そういう訳で、この10年以上も「球界に戻りたいですか?」だの「戻るとしたらやっぱり巨人ですか?」等と聞くことは一切無かったです。
でも、「早く球界に戻りたい、そして戻るとしたらきっと巨人のユニフォームを着たいんだろうな」ということは隣にいて凄く伝わっていました。
なので、僕も微力ながら「そうなると良いな、そういう結果が訪れてほしいな」と願っておりました。

ニュースで知る前にお知らせ頂いた際も、とにもかくにも「良かったです!本当に良かったです!」という言葉が出てきました。本当に良かったと思っています。

一緒に色んな場所に行って色んな景色を見てきましたけど、ずっとずっと心の中で「早くユニフォームを着て球界に戻るべき人」だっと思っていました。
だからやっぱり「本当に良かった」と言いたいです。

一つだけ寂しい事があるとするならば、恐らく今年から真心米は出来ないということです。丁度10年続けたので、良い区切りになりましたけど、毎年当たり前のようにある事が無くなるのは、やはり寂しいです。
「僕だけでも秋になったら現地に行こうと思います」と桑田さんに伝えたいと思います。

昨年の真心米の際、なんか本当に予感的なものがあって、このブログにも総括的なこと書いていることに運命のようなものを感じずにはいられません。

とにかく、二度目の現場、心ゆくまで楽しんでください。おめでとうございます。