撮った写真の行く道

大坂なおみさんのファンでもないのに東レパンパシフィックテニスのパンフレットが送られてきた。中を見ると僕が撮った写真がクレジット入りで掲載されていた。ありがたいことと感謝しております。

何度か書いたかもしれないですけど、自分が撮った写真を納めた後、大体は聞いているとはいえ、実際にどこでどういう風に使われているか実は知らないことも多いんです。それが誌面やウェブや街角、色んなところで再会する機会があったりして、それが一番嬉しいことだったりします。おお!俺の写真が頑張ってるなと子供を見る親目線でニヤついてしまいます。

そういう商業写真の喜びと共に家族写真を撮る喜びもあって、これからの時期は年賀状用に撮りにお越しになる方が多く、毎年たくさんの年賀状に僕が撮った写真が使われるようです。
なので、大晦日の夜に布団に入ってから、僕の写真が色んな所に飛んで行ってるんだなぁなんてシミジミ思うと、とてもとても幸せな気持ちで眠りに落ちて、気持ちの良い新年を迎えることが出来るのです。

僕は本当に幸せな仕事をしています。撮られてくださる方がいて成り立ちます。ただただ感謝です。ありがとうございます。

家族はあたたかい

今日は介護施設(サービス付き高齢者向け住宅)の撮影に行って来ました。スタッフの方々が働くところを撮らせて頂きながら、そこで暮らすお爺ちゃんやお婆ちゃんと交流してきました。
色々話を聞かせて頂くと、殆どの方がお子さんが近くのマンションに住んでいて、そこで一緒に暮らせないからここに入居したというお話でした。
それを寂しいことだとかどうだとか言うのは簡単ですけど、現実はそう簡単なことではないんだろうなと思いつつ、仲良くなったお爺ちゃんの部屋まで見せて頂いて、そこの暮らしを受け入れ、前向きにとらえて暮らそうとしているところに、本当に申し訳ないのですが、なぜか切なくなってしまって、いや、なんか、上手く言えないんですけど・・・上手く言えません。

我が家は二世帯で同居していますが、父も母も相棒の明るさに救われていると言ってくれて、そりゃもうイタリア人だから明るいのは明るいんですけど、それだけじゃない何かがあって、多分全員が大人として各々に気を使えていることが平和な毎日を生んでいるんだろうなと思っています。嫌々気を使ってる訳じゃないし、優しい暮らしだと思っています。
この先のことなんて誰にもわからないけど、出来ればこういう優しい日々が一日でも長く続けば良いなと思います。
そんなことを思った飲んだ帰り道、家に辿り着くと心が暖かくなりました。

僕が唯一親戚付き合いをしている大親友のヤスヤさんのご家族にも平和な時が戻ったようで、それが一番嬉しいことだったりします。

家族はやっぱりあたたかい。

2011/09/14/福島・魂の35球

今から7年前の2011年9月14日、僕は福島にいました。その年に起こった東日本大震災復興関連の試合が福島県営球場で行なわれ、試合に出場する桑田さんが当時理事長をつとめていたNPOのスタッフ兼カメラマンとして帯同させて頂いたのでした。
東京駅で一緒に出場する立浪さんや仁志さんはじめ皆さんと合流し福島入りした後、3つのグループに分かれて市内の中学校で野球教室を行なったのですが、桑田さんが後輩を制して自ら一番危険な地域に赴くことを決められたので、当然僕もそこに同行したのでした。
その地域を走っていても歩いている人が誰一人いなくて、アテンドしてくださっている方の「屋外にいることが出来る時間が一日2時間と決まっている。今日、桑田さんが来てくださるから子供達はその時間をその為にあけて待っているんです」という言葉にうなずく桑田さんの厳しい横顔を今でも思い出します。
放射能の影響の為、土を20センチ削ったというグランドは、とても野球が出来る状態ではなかったけれど、桑田さんはいつもと変わらず、特別なことを一切せずに、本当にいつもと何一つ変わらないメニューをいつも通り真剣にこなしていました。野球教室の最後では、必ず自らのピッチングを披露するのですが、グランドコンディションはとてもピッチングが出来る状態ではなかった為、僕が「怪我したらいけないから今日は・・・」と申し出たんですけど、「あの子達の目を見てみろや。投げない訳にはいかんやろ」と、何度も足を滑らせながら、でもしっかりと何かを伝えるようにアウトローに見事なボールを投げ続けていました。いつもは球数を数えることはないんですけど、なぜかその日は数えていて、今でも僕のiPhoneには「2011/09/14/福島・魂の35球」と残っています。桑田さんに帯同して全国の色んなところに行き色んな所で写真を撮りましたけど、この日の福島が一番記憶に残っていて、僕が撮った桑田さんの写真の中でも、好き嫌いは別としてこの写真に一番思い入れがあります。ちなみに一番好きな写真は真心米一年目のパッケージ写真です。

一昨日に真心米の作業を終えた後、桑田さんと色々話していた際、真心米一年目の話になり、「一年目の2011年は9月14日に福島で野球教室を行なって、その夜に東京に戻って桑田さんの家に泊めてもらって、翌朝羽田から北九州に飛んで稲刈りしてますねぇ~」とiPhoneのスケジュールアプリを見ながら報告すると、「あの時の子供達はもう成人してるんだね」と桑田さんが遠くを見ながらボソっと呟いて、なんかほぼ二人同時に「被災地に勇気を!なんて言いながら我々が勇気をもらったような気がする」というような話をしていて、あの時撮った写真に一番思い入れがあるんですみたいな話をしてたら「それ送ってヨ!」と言われ、送ったついでに備忘録的に書き記してみました。

個人的に2010~2013年は色々あって色んなことを覚えてないんですけど、振り返って自分が残してきた写真を見るとたくさんたくさん貴重な経験をさせて頂いていたことが鮮明に甦るので、そうやって何かを残す仕事をしてて本当に良かったと思います。

自分だけではなく、皆さんの思い出も残せることが幸せなことだと感謝しています。

真心米2018収穫

今年も無事に真心米を収穫することが出来ました。これから精米、パッケージングを経て10月下旬から11月初旬にロールアウトです。その頃にまたこの地に戻ります。
今年で8年目。生産者の橋本さんは、もう僕の親戚の叔父さんのような存在で、この地を訪れるのは、親戚のおじさん家に来てるような感覚で、恐らくこの真心米のプロジェクトが終わっても、僕はきっと一年に一回、橋本さんに会いに来るんだろうなと思います。

40歳を過ぎてそういう人に出会えたことが本当に幸せなことだと思っています。いつも僕の人生の中でそういうご縁を繋いでくださる桑田さんには感謝しかありません。
桑田さんはいつも優しくて、今回は梅ちゃん餃子のことで「とにかくお父さんの味が遺っていくことが本当に素晴らしい」と仰ってくださいました。味に対しても「現役時代に食べたのと同じ味!」と太鼓判を押してくださり、気に入って常備して頂いて、マット君と一緒に食べてくださっているようです。
梅ちゃん餃子を愛してくださる前に父のことを好きでいてくださって、父をリスペクトしてくださっている事が本当に嬉しいです。父がどんな思いで料理を作ってきたか、その部分をしっかり受け止めてくださって、その上にタレも餃子も成り立っていることを理解してくださって、我々は本当に幸せです。

なんか、一人で揺られるソニックの車内はいつも吐きそうなほど切なくて、とにかく早くカミさんに会いたいです。

Still Alive/12/2017/

今年も無事に終わろうとしています。僕の2017年は移転と共に幕を開けました。長く暮らした場所に戻ってstudio dpも9年目に突入しました。久しぶりにロードも多く、大きなプロジェクトに複数参加させて頂き、ここ数年では充実した一年になりました。父と母と相棒の優しさに支えられ、そして何よりも僕に撮る機会を与えてくださった皆さんに支えられ、一年間走り続けることが出来ました。心から感謝致します。ありがとうございます。

家庭的には体調面で色々あった相棒がとても健康になってくれたことが一番嬉しかったです。顔色も良く、笑顔を絶やさない彼女の存在は本当に大きいです。元気になってくれてありがとう。

そして個人的に一番嬉しかったことがSwitchを買ってもらったことだったりするのは内緒にしておきたいことですけど、Switchを手に笑顔の写真をFBとインスタにアップした際、意外と多くのいいねを頂いたので、そこはやっぱり共感してもらえるところなんや!と思ったりして、会う人から「一番嬉しかったことは?」と聞かれたら迷わず「Switchでゼルダ!」と答えております。ゼルダやる前にドラクエ11を神ゲーだと言いましたけど、ドラクエ11が100点のゲームだとしたらゼル伝は10000点くらいでした。宮本さんと青沼さんのものづくりの精神がただただ神ですね。

年越しは中川さんの「俺の肉」と後藤君の「年越しそば」です。親しい方々の食で年を越せることは幸せなことだと思っています。ありがとうございます。今までで一番美味しい年越しそばでした。

長く続いたことが終った年でもありましたけど、来年から新しく始まることもありますし、過去に感謝し未来に希望を持って生きていきたいと思います。

梅田、来年も頑張ります!引き続きよろしくお願い致します!

皆さん!良いお年を!

懐かしい顔と嬉しい再会

ハナ勘さんからの助っ人要請で伊勢幼稚園の運動会の撮影に行ったら白石君がいました。彼は僕が小学校6年生の時に1年生、掃除を教えに行ってたクラスの子で、掃除を教えた10年後に僕の職場のアルバイト募集にやってきて、僕が面接して「あの時のクラスの子か!」と運命の再会をして、その時に実は僕の母と彼のお父さんが同級生だということを知って、阪神大震災まで一緒に働いて、その20年後に家族写真を撮りに来てくれて、そして今日、親子競技に参加する彼を撮ってることがとても感慨深かったです。
立派なお父さんになった白石君に幸あれ!

人様の人生に少なからず携わることが出来る、そんな幸せな仕事を僕はしています。

感謝

料理長健在!

竹園のコロッケとミンチカツは、創始者の奥さん(祖母です)が、お客様への還元の意味で作ったものだと聞いています。そして、その味を作ったのが、若かりし日の父であることは、僕の秘かな自慢だったりします。
ちなみに僕も20歳頃にコロッケとミンチカツの製造に携わっていました。出来ればこの部門をもらって外部展開出来たらなぁなんて思っていたのですが、竹園が銀座に出店することになり、手薄になった料飲部に引っ張られる形でその夢はついえました。
そんな訳で僕にとっても多少なりとも縁のある食べ物だったりする訳です。2006年の新体制発足時に別館でミンコロ定食を作ったのも僕だったりしますので思い入れも強いです。
なのでやっぱり今のコロッケとミンチカツは僕にとっては少し別物に感じられてしまいます。祖母の思い、父の味、そのどちらも薄れてしまっていると思えるからです。でもそれは別に悪いことではなく、今の竹園がそういう方向性なんだから、それは僕がどうこう言う話ではないだけのことです。ただ食べることが少なくなったというだけです。

そんな今日、父からミンチカツを頂きました。あの当時の思いそのままに、奉仕品としての、でもそこに最上を込めた父の味が再現されていました。大変申し訳ないですが、但馬牛を使った現行品よりも美味しいものでした。コストコで買った多国籍軍のミンチを使ったようですが、素材を超える手間暇こそ職人の証なのかもしれません。そして何よりも、そこに込められているのは、食べた人にただただ「美味しい」と言ってもらいたい!という祖母や父の思いなのかもしれません。僕はそういう思いが料理を美味しくすると思っています。実際にそうだとも思います。

2000円近く取れる肉汁ジュワーなミンチカツも美味しいんですけど、その少ない肉汁を極限まで閉じ込めて、口の中でのみ広がるように仕上げられた匠の技がただただ凄く、色んな意味で深いミンチカツでした。

料理長健在なり!
ありがとうございます。ご馳走様でした。

親友を撮る秋の日

親友の武田君から息子トラちゃんが地車を曳くから撮って欲しいとご依頼頂きました。友人の家族の記録や節目の写真を撮らせてもらえるのは写真家冥利に尽きるというか、今の僕の一番の幸せです。本当にありがとう。
トラちゃんを撮りつつも、色んな事があったであろう彼の今の幸せそうな顔を見て、ついつい彼の写真もたくさん撮っていました。毎度毎度思うことなのですが、出来ることならこういう時に亡くなった彼のお母さんを一緒に撮らせて頂きたかった。彼が僕の両親に思いを持ってくれているように、僕ももう二人とも亡くなられたけれど彼の両親に思いを持っています。そういう関係だと思ってますので。

毎回、僕は彼の家族写真や息子さんとの写真を撮る際、数枚ですが必ずスペースを作って撮っています。僕の中ではそこに彼のお母さんに一緒に入ってもらって撮っています。僕はそういう写真を撮っていて、それが僕の仕事だと思っています。

皆さんも後悔する前に大切な人との写真は撮っておいた方が良いと思います。僕はこの仕事をしていて「撮っておけば良かった」と言われるのが一番辛いです。僕の所じゃなくても良いです(出来れば僕に撮られて頂きたいですが)。何かキッカケを作って写真を残して欲しいです。よろしくお願い致します。

Switch狂想曲

叔母夫婦の引越は昨日無事に終わりましたが、なぜか僕が本日ダイニングに設置予定の電子レンジや炊飯器用のラックをニトリまで買いに行き、更に組み立てまで行なうという・・・母と「きっと世話好きだから楽しんでやってると思われてるんやろな」とドトールでコーヒーを飲む午後。母は世話好きなのかもしれないけど俺は特に世話好きな訳では無いですし、楽しんでやってる訳ではないです。でも、いつでもどこでも「俺がやらねば誰がやる!」と思っている自分がいたりもします。

今朝から相棒が買ってくれたSwitchでドラクエをプレイしています。画面がキレイで動作も滑らか!すこぶる快適です!昔のMacのノートのDuoドックを彷彿させるシステムもイカします。これ、WiFiがある場所でオフ会すれば皆でプレイ出来るんですね。そんな素敵な時代が来るなんて・・・。とにもかくにも相棒に感謝です!本当にありがとう。

僕がそろそろSwitchを買おうと重い腰を上げたのが丁度一週間前。そこからソフマップの抽選に行って屈辱的な外れ方をし、更にはネットで申し込んだビックカメラの抽選にも外れ、このままではイカン!とネットを駆使して情報を漁り、ある程度の確信を持って、週末の梅田ヨドバシに開店前に行けばなんとかなる!という結論を導き出したのでした。どうですか!僕の読みどおり!ムフフ。
ヨドバシは抽選はないんですけど、ゲリラ的に販売することで有名です。館内を徘徊しながらそのゲリラ販売を待つ人たちが「ヨドバシゾンビ」と呼ばれていることもネットで知りました。ゾンビにならなくて良かったです。
ちなみに勝因としましては、ポッ拳というポケモンのソフトが金曜日に発売されて、それに合わせてこの週末は相当数が流れると睨んだことでした。
色々ありましたが買うと決めて一週間以内に手に入れれたので良かったです。僕の前に並んでいた子供達もみんな嬉しそうでした!やったー!
開店と同時に入って45分並びましたが、人類で並び慣れているので無問題。「並ぶ意味合いが違う!」と相棒は怒ってましたけど、「並ぶ」ということに対しての免疫力は確実に人類で培いました。ありがとう!人類!

ドラ10の移行も済んだのでいよいよゼルダやります。来月にはマリオも出ますし超絶楽しみです。この2タイトルに関しては今までのシリーズ全てをプレイしてきました。先日も書きましたが、僕は任天堂のハード専門なのでドラクエはプレステだった7と8はプレイしていません(独立した直後だったので9もやってません)。実はゼルダとマリオの方が断然思い入れは深いのです。なので僕はどうしてもSwitchを入手しなければならなかったのです!

並びながらそう熱弁をふるっていると「バカじゃないの?」と言われましたが、その言葉には確実に愛情がこもっていた!・・・はずです。

Still Alive/12/2016/

2016年最後の撮影に行って来ました。3年前から大晦日は中学時代からの大切な友人である加藤君の家族写真を撮らせて頂いているのですが、今年は彼のお嬢さんが成人式ということで着物を着ると、そして奥様のお母様が着付けの先生をなさっているので、各家族全員揃って着物を着ると、なのでスタジオでなく着付け教室まで来てもらえないか?ということで出張撮影になったのでした。全員が着物を着た家族写真はとても壮観で、僕のキャリアの中でもかなりグっとくるショットになりました。ありがとうございました。
加藤君のお嬢さんは本当に美しく、たかだか三年ですけど、年に一回写真を撮る事で彼女の人生に携わらせて頂き、今年は記念の一枚を残す栄誉にあずかりました。心から感謝致します。いつか彼女がお母さんになって、毎年撮ってる「同じ構図の家族写真」に家族が一人増える日が来ることを夢見ながら帰路につきました。成人を迎えた彼女の人生が素晴らしいものになることを祈っています。

今年も無事に撮り納めです。今年もたくさんの写真を撮らせて頂きました。ありがとうございました。来年もたくさんの写真を撮らせて頂きたいと思っております。家族写真や人物写真だけではなく商品写真も料理写真も撮っています。いつでもなんでもお気軽にご用命ください。よろしくお願い致します。

また、今年の最後に移転しました。移転だけではなく引越も兼ねております。大好きな父と母と同居することになりました。相棒も笑顔で一緒に来てくれて、家族四人の暮らしも始まりました。写真を撮ることと生きること、来年は気持ちも新たに頑張っていきたいと思っています。

そして今年はイエモンと共に僕も再結成!もう一度運命のタイマーを回して準備オーライ!

従兄弟で大親友のヤスヤさんから頂いた花を手に、そして毎年恒例の中川さんの「俺の肉」(今年は純俺の肉!)で2016年を締めくくりたいと思います。

皆さん、今年もお世話になりました!来年もよろしくお願い致します!
元旦から撮ってますので初詣の帰りや通りすがりにお立ち寄りください。