となりの人間国宝さんを頂きました!

いえ、僕ではなく父と母が・・・。
という訳で本日は父と母の出演を見守ってくださり、ありがとうございました。
梅ちゃん食堂を立ち上げた時から、僕と照本社長の望みは、「料理長と多美子さんの人となりを知った上で食べて欲しい」ということでしたので、今回の番組は、本当に我々の望みどおりのテイストで、放送終了後にお越しくださるお客様が口々に「素敵なご夫婦」と仰ってくださって、父が作り母が支えた味だからこそお買い求めくださったことが、本当にただただ嬉しい、僕にとっても幸せな時間でした。

この番組効果の為に三日くらいで売り切れることを見越して仕入れた分も今日一日で売り切れてしまいました。またネットでのご注文も短時間で信じられない程頂きました。
放送終了後から電話も鳴り止まず、受けれなかった着信履歴が100件を越えておりました。
その最中、少し落ちついた頃に受けれたお電話が当日の家族写真のご予約のお電話で、餃子を売りながらしっかり写真も撮らせて頂き、我が家のイタリア人が一生懸命接客してくれて、何年か経って振り返った時、僕にとっても忘れられない一日になりました。

本当に多くの方に足を運んで頂きました。暑い中、本当にありがとうございました。

たくさん「見たよ」という連絡を頂きましたが、上記のような理由で返信も出来ずで申し訳ありませんでした。

本当に父と母の人柄を見事に出してくれた番組だったと思います。僕自身も見ていて感動しました。
円広志さん、スタッフの方々、スタジオで美味しいと言ってくださった方々、みなさんに感謝しています。

そして、父と母のファンでいてくれる皆さんに心から感謝しています。
ありがとうございます。

明日また入荷しますので、引き続きよろしくお願い致します。

とりあえず、我が家でも今宵は梅ちゃん餃子を食べました。ムチャクチャ美味かったです!

Still Alive/12/2018/

今日は今年最後の撮影。京都でイタリア人が買ってくれた地下足袋履いてハッスル!総勢10名の家族写真からスタート。お爺ちゃんお婆ちゃんと2組の4人家族。3世代の集合写真は僕が一番好きなパターン。皆さん素晴らしい笑顔で写ってくださいました。僕にとっても一年の良い締めになりました。ありがとうございました。

そして午後からはかっちゃん家の家族写真。一年お休みされましたが、5年目(通算4枚目)のショット。長く続けて頂くことで新しい家族が増えたり、僕の写真で歴史を刻ませて頂きたいと思っております。わざわざお越し頂き心から感謝致します。ありがとうございました。

今年も無事に撮り切りました。なんかずっとタレとか餃子売ってたような気がしますが、振り返ってみると色んな所で色んな写真を撮らせて頂きましたし、スタジオでも素晴らしいご家族やお客様の写真をたくさんたくさん残せました。自分が撮りたかった写真を毎日しっかり撮らせて頂けたこと、心より感謝致します。ありがとうございました。

今年は父のタレと餃子をたくさんの人に食べて頂いた一年でした。ありがとうございました。
年明けにはカレーもリリース予定です。今後ともよろしくお願い致します。

優しい父と母にもいつも支えて頂き、かつ美味しい料理をたくさんたくさん食べさせて頂きました。本当に感謝しています。ありがとうございました。

そして、いつも笑顔で支えてくれる我が家のイタリア人に心から感謝を。君のおかげで今年も無事に元気で終えることが出来ます。ありがとうございました。去年よりも君のことが好きになりました。きっと来年はもっと好きになると思います。

という訳で無事に今年も終了です。皆さん良いお年をお迎えください。

梅ちゃん餃子の嬉しいお話

僕が梅ちゃん食堂で商品展開する際、どうしても成し遂げたいことがあって、それはアーカイブ化した父の味を高校球児に食べてもらいたい!ということで、タレの時も今回の餃子も、そういうアプローチをずっと続けていて、この度横浜高校の選手寮の食事に梅ちゃん餃子を採用頂いて、まずは関東大会初戦前夜に食べます!とのことで、本当にそういう食べ方が一番嬉しくて、とにかく感無量な俺なのです。
なぜに高校球児なのか?ということに関しては今更ここで書かずともですが、本当に神奈川県に行くと父のネームバリューはハンパなくて、父がその人生を捧げた仕事の中で、やっぱり高校野球のお世話ということは本当に特別なことだと思うし、それこそ本当におこがましいんですけど、今現在、この暮らしの中で、何らかの形で父が高校球児達と食を通じて関われること、それを目指してやってきた部分が僕の中では本当に大きいので、今回の第一歩はカズダンスを踊り狂いたいほど嬉しいです。勿論、ここがゴールではありません。他の高校、大学等とも商談が進んでおります。なので、これは本当に一つの通過点として、引き続き頑張っていきたいと思います。
今回、一番嬉しかったのは監督さんから「梅田さんが作った味だから美味しいのは当たり前。それ以上に引き継がれてきた思いを選手達に伝えたい」と仰って頂いたこと、食を預かる寮母さんから「味も当然ですが、何よりも梅田料理長が一食一食に込めた子供達への思いを継承出来たらと思ったのが大きい。いつか料理のことを色々聞いてみたい」と仰って頂いたこと、これがただただ嬉しかったです。歓喜のカズダンス踊ります!
味と共に大事にしてきた部分なので、皆さんも梅ちゃん餃子を食べる時、父のことを思ってくださったら、それ以上の喜びはありません。よろしくお願い致します。

スタジオの方でも皆さんお買い求めにお越しくださって、個人的には写真のお客様が買ってくださるのが本当に嬉しくて、移転前から贔屓にして頂いているお客様が、ご友人に「本当に美味しい餃子なのよ!」と熱弁を奮ってくださり、皆さんでお越しくださったこと、本当に嬉しかったです。
写真の仕事を通じて僕を知ってくださった方がリピートしてくださることもあって、僕不在時に母が対応に出て交流してくださったり、梅ちゃん餃子がたくさんの人の心を一つにしてくれているようで、心があたたまる毎日です。

本当に美味しい餃子です。
是非冷凍庫に常備して頂ければと思います。
よろしくお願い致します。

君たちは素晴らしい!感謝!

今年に入ってから某中学の野球部のドキュメントを撮る仕事をご依頼頂き、春前の練習から春の大会、そして夏の大会まで追って来て、夏の大会が終わった後、少し間が開きましたが、本日最終撮影となるインタビューを撮りに行って来ました。久しぶりに会う彼等に少し胸にグっと来るものを感じながら、モニター越しに彼等の話を聞いて、その都度涙を流すアラフィフです。監督である先生のインタビューはほぼ号泣に近い形で泣いてしまいました。先生も話しながら泣いてましたし、なんか心の奥がツーンとなる、なんともいえない時間でした。

何度も通ったこのグランドに来るのも後一回、卒部式の撮影で、それも来年の2月頃とのこと。とりあえず一区切りついた秋の日でした。

野球が素晴らしいとかスポーツが素晴らしいとか、そんなこと以上に子供たちの眼差しと心が本当に素晴らしい。眩しいくらいの彼等に出会えたことが本当に幸せなことです。

ありがとう。
オッサンは君たちにたくさん救ってもらいました。
本当にありがとう。

麺よりスープ!

食べたラーメンをインスタに上げてるんですけど、まとめてみたらこの一年で相当食ってる事が判明!反省の意味を込め、戒めでこちらにもアップ!2015年の10日に1杯ペースで年間36杯食べた人類みな麺類の時よりヒドいペースですね。ホンマにヤバいと思ってます。本当にラーメンがさほど好きな訳でもないんですけどね・・・見て頂いたらわかると思うんですけど、ある意味「コレクター気質」で食ってるようなもんですね。こうして写真を並べたくて食ってる!と。そんな感じです。

とはいえ、僕は本当にスープが好きで、究極のスープを求め彷徨っている、まさに「人は誰でも幸せ探す旅人のようなもの 希望の星に巡り会うまで歩き続けるだろう」という状態だと思っております。基本的に「ラーメンを食べに出かける」ということはありません。
唯一、「颯人」さんだけは、そこのラーメンが食べたくて、それだけの為に出かけることはあります。基本は現場の行き帰りにその現場の近くに有名店やめぼしい店があれば行くというスタンスです。では、めぼしい店の条件とはなにか?僕の場合、「淡麗鶏清湯」というスープを検索ワードにして店を探します。例えば、現場が堺市だとします。その場合は「堺市 ラーメン 淡麗鶏清湯」というワードで検索し、出てきた店の中から「これかなぁ」というものを選んで突撃するのみです。ちなみに淡麗鶏清湯でも出汁が「煮干し系」の店は除外します。あくまでも鶏メインの淡麗鶏清湯で醤油です。

そんな僕のベスト3
らーめん颯人(大阪・南森町) 裏しょうゆ
鶏喰 〜TRICK〜(横浜・吉野町) 特選鶏のしょうゆ
中華そば おしたに(奈良・尼ケ辻)特選しょうゆそば

上記三店のスープは極上かつ最強です。是非一度お試し頂きたいと思います。

撮った写真の行く道

大坂なおみさんのファンでもないのに東レパンパシフィックテニスのパンフレットが送られてきた。中を見ると僕が撮った写真がクレジット入りで掲載されていた。ありがたいことと感謝しております。

何度か書いたかもしれないですけど、自分が撮った写真を納めた後、大体は聞いているとはいえ、実際にどこでどういう風に使われているか実は知らないことも多いんです。それが誌面やウェブや街角、色んなところで再会する機会があったりして、それが一番嬉しいことだったりします。おお!俺の写真が頑張ってるなと子供を見る親目線でニヤついてしまいます。

そういう商業写真の喜びと共に家族写真を撮る喜びもあって、これからの時期は年賀状用に撮りにお越しになる方が多く、毎年たくさんの年賀状に僕が撮った写真が使われるようです。
なので、大晦日の夜に布団に入ってから、僕の写真が色んな所に飛んで行ってるんだなぁなんてシミジミ思うと、とてもとても幸せな気持ちで眠りに落ちて、気持ちの良い新年を迎えることが出来るのです。

僕は本当に幸せな仕事をしています。撮られてくださる方がいて成り立ちます。ただただ感謝です。ありがとうございます。

家族はあたたかい

今日は介護施設(サービス付き高齢者向け住宅)の撮影に行って来ました。スタッフの方々が働くところを撮らせて頂きながら、そこで暮らすお爺ちゃんやお婆ちゃんと交流してきました。
色々話を聞かせて頂くと、殆どの方がお子さんが近くのマンションに住んでいて、そこで一緒に暮らせないからここに入居したというお話でした。
それを寂しいことだとかどうだとか言うのは簡単ですけど、現実はそう簡単なことではないんだろうなと思いつつ、仲良くなったお爺ちゃんの部屋まで見せて頂いて、そこの暮らしを受け入れ、前向きにとらえて暮らそうとしているところに、本当に申し訳ないのですが、なぜか切なくなってしまって、いや、なんか、上手く言えないんですけど・・・上手く言えません。

我が家は二世帯で同居していますが、父も母も相棒の明るさに救われていると言ってくれて、そりゃもうイタリア人だから明るいのは明るいんですけど、それだけじゃない何かがあって、多分全員が大人として各々に気を使えていることが平和な毎日を生んでいるんだろうなと思っています。嫌々気を使ってる訳じゃないし、優しい暮らしだと思っています。
この先のことなんて誰にもわからないけど、出来ればこういう優しい日々が一日でも長く続けば良いなと思います。
そんなことを思った飲んだ帰り道、家に辿り着くと心が暖かくなりました。

僕が唯一親戚付き合いをしている大親友のヤスヤさんのご家族にも平和な時が戻ったようで、それが一番嬉しいことだったりします。

家族はやっぱりあたたかい。

2011/09/14/福島・魂の35球

今から7年前の2011年9月14日、僕は福島にいました。その年に起こった東日本大震災復興関連の試合が福島県営球場で行なわれ、試合に出場する桑田さんが当時理事長をつとめていたNPOのスタッフ兼カメラマンとして帯同させて頂いたのでした。
東京駅で一緒に出場する立浪さんや仁志さんはじめ皆さんと合流し福島入りした後、3つのグループに分かれて市内の中学校で野球教室を行なったのですが、桑田さんが後輩を制して自ら一番危険な地域に赴くことを決められたので、当然僕もそこに同行したのでした。
その地域を走っていても歩いている人が誰一人いなくて、アテンドしてくださっている方の「屋外にいることが出来る時間が一日2時間と決まっている。今日、桑田さんが来てくださるから子供達はその時間をその為にあけて待っているんです」という言葉にうなずく桑田さんの厳しい横顔を今でも思い出します。
放射能の影響の為、土を20センチ削ったというグランドは、とても野球が出来る状態ではなかったけれど、桑田さんはいつもと変わらず、特別なことを一切せずに、本当にいつもと何一つ変わらないメニューをいつも通り真剣にこなしていました。野球教室の最後では、必ず自らのピッチングを披露するのですが、グランドコンディションはとてもピッチングが出来る状態ではなかった為、僕が「怪我したらいけないから今日は・・・」と申し出たんですけど、「あの子達の目を見てみろや。投げない訳にはいかんやろ」と、何度も足を滑らせながら、でもしっかりと何かを伝えるようにアウトローに見事なボールを投げ続けていました。いつもは球数を数えることはないんですけど、なぜかその日は数えていて、今でも僕のiPhoneには「2011/09/14/福島・魂の35球」と残っています。桑田さんに帯同して全国の色んなところに行き色んな所で写真を撮りましたけど、この日の福島が一番記憶に残っていて、僕が撮った桑田さんの写真の中でも、好き嫌いは別としてこの写真に一番思い入れがあります。ちなみに一番好きな写真は真心米一年目のパッケージ写真です。

一昨日に真心米の作業を終えた後、桑田さんと色々話していた際、真心米一年目の話になり、「一年目の2011年は9月14日に福島で野球教室を行なって、その夜に東京に戻って桑田さんの家に泊めてもらって、翌朝羽田から北九州に飛んで稲刈りしてますねぇ~」とiPhoneのスケジュールアプリを見ながら報告すると、「あの時の子供達はもう成人してるんだね」と桑田さんが遠くを見ながらボソっと呟いて、なんかほぼ二人同時に「被災地に勇気を!なんて言いながら我々が勇気をもらったような気がする」というような話をしていて、あの時撮った写真に一番思い入れがあるんですみたいな話をしてたら「それ送ってヨ!」と言われ、送ったついでに備忘録的に書き記してみました。

個人的に2010~2013年は色々あって色んなことを覚えてないんですけど、振り返って自分が残してきた写真を見るとたくさんたくさん貴重な経験をさせて頂いていたことが鮮明に甦るので、そうやって何かを残す仕事をしてて本当に良かったと思います。

自分だけではなく、皆さんの思い出も残せることが幸せなことだと感謝しています。

真心米2018収穫

今年も無事に真心米を収穫することが出来ました。これから精米、パッケージングを経て10月下旬から11月初旬にロールアウトです。その頃にまたこの地に戻ります。
今年で8年目。生産者の橋本さんは、もう僕の親戚の叔父さんのような存在で、この地を訪れるのは、親戚のおじさん家に来てるような感覚で、恐らくこの真心米のプロジェクトが終わっても、僕はきっと一年に一回、橋本さんに会いに来るんだろうなと思います。

40歳を過ぎてそういう人に出会えたことが本当に幸せなことだと思っています。いつも僕の人生の中でそういうご縁を繋いでくださる桑田さんには感謝しかありません。
桑田さんはいつも優しくて、今回は梅ちゃん餃子のことで「とにかくお父さんの味が遺っていくことが本当に素晴らしい」と仰ってくださいました。味に対しても「現役時代に食べたのと同じ味!」と太鼓判を押してくださり、気に入って常備して頂いて、マット君と一緒に食べてくださっているようです。
梅ちゃん餃子を愛してくださる前に父のことを好きでいてくださって、父をリスペクトしてくださっている事が本当に嬉しいです。父がどんな思いで料理を作ってきたか、その部分をしっかり受け止めてくださって、その上にタレも餃子も成り立っていることを理解してくださって、我々は本当に幸せです。

なんか、一人で揺られるソニックの車内はいつも吐きそうなほど切なくて、とにかく早くカミさんに会いたいです。

Still Alive/12/2017/

今年も無事に終わろうとしています。僕の2017年は移転と共に幕を開けました。長く暮らした場所に戻ってstudio dpも9年目に突入しました。久しぶりにロードも多く、大きなプロジェクトに複数参加させて頂き、ここ数年では充実した一年になりました。父と母と相棒の優しさに支えられ、そして何よりも僕に撮る機会を与えてくださった皆さんに支えられ、一年間走り続けることが出来ました。心から感謝致します。ありがとうございます。

家庭的には体調面で色々あった相棒がとても健康になってくれたことが一番嬉しかったです。顔色も良く、笑顔を絶やさない彼女の存在は本当に大きいです。元気になってくれてありがとう。

そして個人的に一番嬉しかったことがSwitchを買ってもらったことだったりするのは内緒にしておきたいことですけど、Switchを手に笑顔の写真をFBとインスタにアップした際、意外と多くのいいねを頂いたので、そこはやっぱり共感してもらえるところなんや!と思ったりして、会う人から「一番嬉しかったことは?」と聞かれたら迷わず「Switchでゼルダ!」と答えております。ゼルダやる前にドラクエ11を神ゲーだと言いましたけど、ドラクエ11が100点のゲームだとしたらゼル伝は10000点くらいでした。宮本さんと青沼さんのものづくりの精神がただただ神ですね。

年越しは中川さんの「俺の肉」と後藤君の「年越しそば」です。親しい方々の食で年を越せることは幸せなことだと思っています。ありがとうございます。今までで一番美味しい年越しそばでした。

長く続いたことが終った年でもありましたけど、来年から新しく始まることもありますし、過去に感謝し未来に希望を持って生きていきたいと思います。

梅田、来年も頑張ります!引き続きよろしくお願い致します!

皆さん!良いお年を!