2020年「絆の会」中止

事務局とカメラマンを兼任して携わらせて頂いている、プロ野球昭和42年会「絆の会」の2020年の野球教室がコロナの影響で中止になりました。
ギリギリまで粘りましたが、事務局としてこれ以上話を進めることが出来ず、桑田さんと相談して中止という結論に達しました。本当に残念です。

主催者の方が責任を負うと仰ってくださったのですが、参加した子供達に危険が及ぶ可能性がまだまだ低い訳ではない現状、そして会員が全国各地から集まるという状況、Go to トラベルとは全く違うということ、色んなことを考えた時、僕の中で「開催」という選択は出来ませんでした。

「出ない」「出さない」ということを前提に出来ない以上、無理だということです。

今年は僕が携わらせて頂くようになって丁度10年目でした。10年の間、本当に色々なことがあって、何度も「今年で最後」と思い取り組んできましたが、いつの頃からか、皆さんから「お前しかいない!頼む!」と仰って頂くようになり、出来る限りは継続の為に力を尽くそう!と誓い今日に至っております。

プロ野球の世界に入れる人は本当に限られていて、昭和42年生まれの人でプロ野球選手になった方は100人にも満たない厳しい世界です。
その厳しい世界に身を置いた方々が、「野球界への恩返し」という名目で、一年に一回、手弁当で野球教室を開催するのが、「絆の会」です。
僕は出来れば、毎年「故郷に錦を」ではないですけど、会員の方の故郷で開催出来れば良いなと思い事務局として取り組んでいます。会員の方の地元で開催すると、その人の為にその地の人たちが一丸となってバックアップしてくださる、文字通り「オラが街の英雄」の為に一肌も二肌も脱いでくれて、それがひいては、その街の野球少年少女の為に繋がっていく、それがこの会の素晴らしいところだと僕は毎年密かに帰路で感動の涙を流しているのです。

そうやって毎年続いていたことが途切れるというのは、本当に辛く切ないことではありますが、本当に「仕方がない」という言葉しか出て来ません。僕はこの言葉が好きではないですけど、本当に「仕方がない」です。

今年の年末は皆さんに会う楽しみが無くなってしまいましたが、また来年必ず会えると信じて、そしてまた来年子供たちの元気な姿が見れることをただただ願うばかりです。

Still Alive/09/2020

スタジオでの撮影は戻りませんが、企業様からのご依頼の出張撮影は少しずつ戻ってきました。今月も何度か出張撮影に出ましたが、訪れた先でも少しずつ元に戻りつつあるような、そんな雰囲気がありました。もう良い加減元に戻っても良いのではないかと思うのですが・・・。

そうしてペースが戻ってくると、芦屋うめちゃんの味の定休日に出張撮影を入れるので、自分の休みが一切無くなることになる訳で、独立当初の10年前くらいならまだしも、五十路に入った僕にとっては、なかなかフィジカルにもメンタルにも響きます。

新幹線の車窓から流れる景色を見つめながら、色々考えていかないとなぁ・・・と思っておりました。コロナが一つのターンイングポイントになると思えるほど、色んなことで自分の仕事を取り巻く環境が変わっていってます。

餃子やカレーを売ることとスタジオ業務の二足のわらじをなんとか履こうとしてきましたが、それはそれで本当に難しく、このコロナでスタジオ業務が激減した今だからこそ、少し注力する方向性をしっかり考えていかないといけないのではないかと思っています。

振り返ってみると、「あの時ああだからこう考えた」と思うような、そんな重要な2020年9月だったような気がします。
ええ、気のせいかもしれませんが・・・。

2018年にご依頼頂いた某中学野球部のドキュント撮影の延長で、彼らが高校生になってからも追っています。今年の夏はコロナの関係で練習や試合を一切撮る事が出来なかったのですが、今月ようやく練習試合の一部の撮影が解禁され、久しぶりにグランドに行って来ました。
見上げた空が完全に秋空で、今年は夏空を見上げる事なく終わったということを感じる9月の終わりでした。

10年という時を撮る

真心米の生産者の橋本さんは、僕にとって実際の親戚の叔父さんよりも親戚の叔父さんのような存在です。
この人の男気が無ければ真心米は成り立たない訳で、初めて会った10年前、真心米のプロジェクトを引き受けてくれる人を探していた際、「ワシで良ければ」の一言で僕を救ってくれたことを昨日のことのように思い出します。

何度も通った初年度に始まり、2年目以降は9月にパッケージ撮影を兼ねた稲刈り、11月に発送作業と年に2回通って来ました。
いつも書いてますけど、橋本さんが待つその地に行くという事は、僕にとって(きっと桑田さんにとっても)親戚の叔父さんの田舎に行くような感覚で、9月にワクワクしながら眺める特急ソニックの車窓の眺めと11月の帰りに吐きそうな程に切ない車窓の眺めのコントラストは、10年経っても全く何一つ変わることなく、僕の人生にたくさんのものを与えてくれました。
4年目くらいからは駅で別れる際、なぜかお互い涙ぐんでしまって・・・ホームで風に吹かれながら、本当に色んな思いを重ねてきました。

実は今年の10年目の真心米のパッケージ写真は、桑田さんと橋本さんの2ショット写真で!と密かに決めていて、僕が思った通りの写真が撮れて、これでいきます!と言ったところ、橋本さんから「皆、桑田さんのパッケージを楽しみにしちょるからワシが写っとったらガッカリさせてしまう!写真だけありがたく貰っておくわ」と照れたように笑って、それがとてもカッコ良くて、少し泣いてしまいました。

10年目の桑田さんと橋本さん、二人のこんな笑顔を撮る事が出来て僕はとても幸せです。同じ10年という時間を共にしてきた僕にしか撮れない笑顔だという自負もあります。

今年のパッケージで10枚の写真が並ぶ事になります。NPOを通じてお米の活動をしていた頃は、それなりに気を使って、真剣勝負のバッテリーのような呼吸で撮って来ましたけど、ここ4〜5年は肩の力が抜けて、リラックスしてキャッチボールしてるような、そんな感覚で撮っています。

ちゃんと僕の写真が向かっている方向にある一枚。大好きな写真が増えました。

Still Alive/08/2020/

少しだけ落ち着いた今月。テレワークが続きながらも美味しいものを作ってくれていたカミさんの為に京都に行って来ました。
外食は、「いつも美味しいものを作ってくれる人の為にするもの」だと思っていますし、外で食べることが外食ではないと思っています。「美味しいものを食べる為に足を運ぶ」ことが、外食の概念だと思って生きております。
また、店を選ぶ基準は「店主が作っていること」です。他店舗展開は論外として、オーナーシェフが作らずホールで喋ってる店はどれだけ美味しくても行かないです。
そんな勝手なこだわりを掲げるので行くお店は限られるのですが、結果的に本当に心から楽しめるお店に巡り合えるので、こだわりは大事だと感じています。
そんなお店にカミさんと二人で行ってきた訳ですが、やはりまだ街自体が元に戻った感じが一切無く、どことなく悲しく切ない思いも残りました。早く前のようになってほしいと願うばかりです。

仕事の方もやはり難しいです。なかなか元に戻らないです。このままだったらどうしよう?と思いながら、でもいつか雲が晴れることを信じて、コツコツしっかりと日々取り組むだけだと思っています。

暑い暑い毎日を過ごした今月。来月もまた残暑が厳しそうですが、夕空に秋を感じられるようになったので、良い風を求めて頑張っていきたいと思います。

ロード2020夏

先日、中学時代からの大切な友人から一本の電話が入りました。
「麻布十番に新店をオープンするから写真を撮りに来てくれないか?」
「コロナで大変な時だから無理に受けなくても良いけど、出来ればやっぱりお前に撮ってもらいたい」
そう言われて断る理由は何一つないじゃないですか。
仕事の依頼という部分でも当然ありがたく、そういう意味でも断る理由はないのですが、彼が神戸に一番最初の自分のお店を出した時に「写真はお前しかいない!」と言ってくれて、以降、新しいお店を出す度、何かある度に「お前の写真!」と言ってくれる以上、僕に断る理由はありません。

個人的に、色んな情報が流れる中、自分自身が納得出来ない以上、「ロードに出る」という気にはなれず、「愛車」とまで呼んだN700系、それもSの走りを堪能してぇなぁなんて気持ちにもなれなかったし、東京に住む従兄で大親友のヤスヤさんに「仕事でそっち行くから飲もうや!」と声をかけるも「会社で飲み会禁止されてんねん・・・」と断られたり、やっぱりまだまだ「ロードに出る」という気持ちになれない中での今回の依頼でした。
なので山手線や地下鉄にも乗らずタクシー移動を選んだり、前泊も後泊もせず、現場以外に行かず日帰りという、いつもと違うロードになりました。

後藤君からの依頼でなければ断っていたかもしれません。
僕には「頼む」と言われて断れない人が数人いますが、彼もまたそういう一人です。
独立してがむしゃらに進む道の途中、彼が僕に「お前の写真じゃないとアカンねん!」と言ってくれたその言葉は、空から射す一筋の光でした。
あの大きい声でスベリ気味のコメントを飛ばしながら、でも心の奥深いところで相手を思いやる、そんな優しい男です。

色々あると思いますが、ずっと撮ってきた俺が太鼓判を押します。

「良い顔してるよ」

心配要りません。新しいお店も流行る。間違いない。
デカい声の人間に悪い人はいないです。
彼は特別声がデカいので特別良い男です。
そんな男が作る蕎麦です。美味しいに決まってます。

いつかきっとニューヨークに蕎麦屋を出すと信じてます。
蕎麦で世界を健康に!その思いで突っ走ってください。
その時もちゃんと撮りに行きます。

そんな彼の新店
「JAPA SOBA HANAKO」
東京都港区麻布十番2丁目8番16号
ISIビル101
tel : 03-3451-0875

2020年8月13日オープンです!
よろしくお願い致します!

Still Alive/07/2020/

今月は少し落ち着いたような気がします。5月末の自粛解除から写真のお客様が戻ってきてくれて、逆に餃子のお客さんが落ち着きました。今月は値上げも行ったので尚落ち着いた印象です。少しずつではありますが、両立のバランスも上手く取れ始めているような気がします。
写真の方は会社関係の撮影が戻ると万全なのですが・・・こればっかりはもう少し時間がかかりそうです。

世間ではGoToキャンペーンだなんだと言ってますけど、なんか全くそういう気分になれないです。出かけなくて良いのであれば出かけず済ませたい。そう思います。仕事で出なきゃいけないこともありますので、普段は余計に出ずに済ませたいです。

6月初旬に就活の写真を撮りに来てくれた子が「内定貰いました!良い写真を撮ってくれたおかげです!」と言いに来てくれました。それだけでも充分嬉しいことなのですが、撮影に来てくれた時に「これを食べて頑張って!」と言って餃子を渡したのですが、「餃子に元気を頂きました!そしてとても美味しかった!」と言って買いに来てくれたのでした。
僕が撮った写真と照本さんが提供してくれる父の味が、こうして人様の人生に携われることが出来て、それは本当に嬉しいことで、ここでこうやって仕事をしていることが間違ってはいない!と証明してもらったようで、心の奥底から温まりました。

いよいよ夏本番!今年は梅雨が長かったですけど、来月は暑くなりそうです。

Still Alive/06/2020/

今年に入って順調なスタートを切っていたのですが、3月からコロナ禍で少し停滞気味になり、4月と5月はスタジオの方は全くダメだったのですが、うめちゃんの味の方は順調で、店番しながら時間があったので色々整理していて、この放置していたブログを見つけました。

 2010年から2013年は僕の中では割と「空白の期間」で、周囲の人は「一生懸命笑顔で頑張っていた」と言ってくださるのですが、僕自身は殆ど記憶がなくて、その頃の心情なりを綴っていたこのブログに蓋をしていたことからも、もしかしたら自分自身で一旦横に置いておかないと先に進めないという判断をしたのかもしれません。今となってはもうわかりませんが・・・。

後、Facebookの方で日々を綴っていたので、そちらに移行していったのかもしれません。それももう今となってはわかりません。

このブログに蓋をした後、2014年からの3年間、店舗付き住宅に引っ越して路面で写真スタジオを展開しました。写真以外の仕事が多くなってきて、少し迷走しはじめていたので、改めて自分は写真で生きていく!という意思表示をしたい!という思いと、独立した時から、「街の暮らしを写す写真館」というのが目標だったので、独立から5年でその目標に舵を切ったことになります。

そこで3年間、色々なことがあって、失敗だったと言う人もいました。確かに商業的には成功とはいえなかったけど、この仕事を続けていく上で、これ以上ない成果を得ることが出来たので、僕の中では成功だと思っています。

その成果を持って、我が家のイタリア人ことカミさんと共に優しい父と母と共に暮らす為に実家に戻りました。その軒先にスタジオを作ってもらって、そこでずっと写真を撮っていく!と決めました。

その暮らしが始まった頃、盟友である照本さんが父と母の為に父の味のアーカイブを商品化する会社を作ってくれて、その商品をスタジオで売る事業も始まりました。

2013年9月で途絶えたこのブログを再開することにしたのは、封印したい過去を振り返ることが出来るようになったことと、SNSではなく、ブログで日々を綴りたいという思いが生じたことが大きいです。

今月で僕も50歳になりました。50年生きてきて、僕は自分が不幸だと思ったことはありません。人からはら不幸に見える事もあったかもしれませんが、僕は常に幸せです。

多くの人に支え愛され僕の人生は続いています。また少しずつその思いを綴っていければと思います。SNSもブログも人の為にするもではなく、自分の為にするものだと思っているので、恐らく今後も未来の自分に向けて書いていくと思います。

※Facebookで綴ってきたものの中で良いものがあれば移植していきたいと思います。

僕がここにいる意味

「コロナで結婚式が中止になったのですが写真だけでも撮りたい」
3月の終わり頃にそう言ってご来店くださった若いご夫婦。
何度も何度も「リスクも高く大変な時期ですけど受けてくださいますか?」と聞いてくださいました。
不要不急の外出は自粛するように要請されていますが、入籍や写真撮影のチャンスが今日しかないとのことで、賛否はあると思いますが、二人にとってそれが不要不急ではないという判断であるならば、僕に断る理由はありません。

という訳で、今日はそういう写真を撮らせて頂きました。お二人が所望されたヨドコウ迎賓館、そして芦屋川沿の桜の前、最後はstudio dpで、たくさんの写真を撮らせて頂きました。
結婚式自体が中止になったとのことだったので、ヨドコウ迎賓館の長い廊下で指輪の儀式を行なってもらったり、たくさんの場面を残せたのではないかと思います。

桜の前で写真を撮っていると、近くの家の窓から「おめでとう!」と大きな声で祝福の言葉が飛んできました。少し照れながら大きな声で「ありがとうございます」と答える二人の笑顔が本当に素晴らしく、今日の日は二人にとって大切な瞬間で、今の日本では非難されることなのかもしれないけれど、「辛い春の日」に彼等なりの一本の筋を通すことで「幸せな春の日」にしたことは、僕は素晴らしいことだと思います。

帰り際に新婦のお母様から手紙を頂きました。
「この様な状況にも関わらず、二人の願いを叶えて頂きありがとうございます」と書かれていました。
願いを叶えるなんて、そんな大した人間ではないんですけど、いつも人様の人生に携われることが僕の仕事の一番の幸せだと思って生きているので、とても嬉しいお言葉でした。
なんか、本当に色んな涙が流れて困ります。二人にこんな思いをさせたコロナに対する憤りの涙も流れます。でも、やっぱり人とのふれあいの中で流れるあたたかい涙を一番多く流したいです。

「振り返った時に思い出になる一日にしましょう」
そう言って撮り始めました。そうなってくれることを願っています。

余談ですが、手紙をくれたお母様が、昨年のとなり人間国宝さんを見てくださっていて、「あの写真屋さんだったら受けてくれると思うから行っておいで!」と二人をstudio dpへと誘ってくださったようです。

暖簾もかかり、大きな窓にも「うめちゃんの味」の文字がありますが、ちゃんと誇りを持って「studio dp」の看板も掲げておりますので、今後ともよろしくお願い致します。

Still Alive/12/2019/

今日も明日もご予約頂いているので、あまり年末年始感も無いのですが、一応大晦日ということで、一年の終わりらしきものを感じでおります。

ゾノ時代は照本さんと共に年末年始関係なく仕事してました。ずっと隣にいて、キン肉マンとテリーマンのように生きてきました。
昨年の春からまた一緒に同じ目標に向かって生きていることに幸せを感じでいます。

いつものシリーズで撮りましたが、多分もう一回撮ると思います。梅ちゃん餃子と梅ちゃんカレーのパッケージが年明けにリニューアルしますので、今のパッケージで今年中に撮りたかったのです。

来年、新しいパッケージを手にもう一度撮ります!

2019年、たくさん餃子とカレーを食べて頂きありがとうございました!
2020年も梅ちゃん餃子と梅ちゃんカレーをよろしくお願い致します!

絆の会2019

今日は名古屋でプロ野球昭和42年会「絆の会」がありました。
今年も事務局として開催に向け準備を進め、無事に終えることが出来ました。
主催してくださった団体の皆様、ご協賛くださった皆様、本当にありがとうございました。
僕がこの会に携わるようになって今年で9年目。思えば9年前、桑田さんから「明日15時に宮崎まで来てほしい」と連絡を受け、行ってみたらこの会の事務局をやってほしいという依頼で、その場で宮崎のスポンサー様と会って、わずか3時間の滞在で帰るという・・・そんな始まりでした。
以降、毎年「今年で最後」の思いで携わってきましたが、会の皆さんの「よろしく頼む」という言葉と、昭和45年生まれであるにも関わらずお仲間の片隅に入れて頂いていることに対する僕自身の気持ちとして、可能な限りお付き合いさせて頂きたいと思い、毎年しっかり取り組んでいる次第です。

事務局の仕事だけではなく、毎年スポンサー様に配布する為のポスターも作っています。これは2013年に仙台で復興支援目的で絆の会を行った際、僕に出来ることはないか?と思い、協賛頂いた方々の名前を入れてポスターを作ったのが始まりです。以降、毎年作らせて頂いています。

今年は野球教室が硬球使用ということで、いつものようにグランドで指導する皆さんを撮影することが出来なかったことと、今現在僕が取り組んでいる「撮られてちょうだい今日もまた 誰にも遠慮はいりません」の一環で、もはや僕の人生の中で欠かすことが出来ない皆さんを撮らせて頂こうと思い、ナゴヤ球場の選手サロンにセットを持ち込んで撮影、それを使わせて頂きました。
結果、今までにない「エエ感じのポスター」が仕上がったのではないかと思います。
デザイン的には集合写真が無い方が良いかもですが、集合写真を撮るのが何よりも好きなので、やっぱり使わせて頂きました。皆さん本当に良い顔で、撮っていて幸せな気持ちでした。

「撮られてちょうだい今日もまた 誰にも遠慮はいりません」で桑田さんを撮らせて頂くつもりだったのですが、色んな思いが詰まった絆の会の時の桑田さんを撮れて良かったと思っています。撮った後、「Matt加工と真逆の加工なのでご安心を!」と言ったら笑ってました。

そんな訳で、なんとなく今年は集大成のような気持ちだったのですが、だからといって辞めるつもりでもなく、また来年!と言って皆さんとお別れしたのでした。

ずっと続くことが大事なので、来年もしっかりこの絆をつなげていければ良いなと思っております。