2017年元旦より新しい場所で始動します

本日工事の契約が済みましたので、ようやく皆さんにお知らせ出来るようになりました。永瀬建設さんにお世話になり、年内一杯で実家を改装することになりました。1階の道路に面した場所がスタジオになります。移転の理由やきっかけは色々あるんですけど、僕以外の個人的なこともありますので、全てをここに記すことは出来ないのですが、7月に一つのきっかけがありまして、その際に僕個人の思いとして「10年後くらいに実家に戻って改装して“梅田写真館”として死ぬまでそこで写真を撮りたいと思っている」ということを家族の前で話したところ、「じゃぁ今戻ってくれば良いじゃないか」ということになり、気がつくとトントン拍子に話が進んでおりました。今回移転するにあたって屋号を梅田写真館にするかどうかはまだ決めかねてます。まだそこには少し早いのかなと思ったり・・・もう良いのかなと思ったり・・・少し悩んで決めたいと思います。大事なところなので。

2009年に前の職場でやっていたことをそのまま持ち出す形で独立して実家の2階で5年、そして将来を見据えて写真館という形態を自分のものにする為にここへ来て2年半。ここへ来なければわからなかったことはたくさんありますし、ここで街の人の笑顔を撮り続けることで、自分自身が本当に撮り続けたいものは何かというものを改めて心に刻めたと思います。ただまぁ、この場所で一生写真を撮り続けるイメージは最初から無かったので、少し早いですけど、次に進んでも良いのかなという思いが強いです。それくらいここでの日々と仕事が僕に与えてくれたものは大きかったです。それをもって次の場所では恐らく人生の最後まで自分の写真を撮り続けていくことになると思います。移転日等、また正式なご案内をさせて頂きたいと思っております。今後とも変わらずよろしくお願い致します。

そして最後の最後に大事なお知らせです。
実家に戻りますが「まかないはありません」

水道橋写真コンクール写真展開催!

明日からの水道橋写真コンクール写真展の設営を。相棒が仕事に行って不在だったので一人で黙々と。お金をかけずにスタジオの中にあるもので設営したいと思っていて、ハナヤ勘兵衛の桑田社長に相談したところ、良いアイデアをくださいました。心から感謝しております。桑田社長がいなければ明日の幕は上がらなかったかもしれません。本当にありがとうございました。

という訳で、今日から毎日告知させて頂きますが、明日からの10月14~16日の三日間、studio dpで「芦屋水道橋写真コンクール写真展」が開催されます。同コンクールに応募された作品を展示しております。ご来場頂いた方のコンクール対象作品への投票もお待ちしております。馴染みのある水道橋が、さまざまな切り撮られ方をしていて、とても魅力的な44枚の作品が揃いました。僕が撮った「僕にとっての水道橋」作品集も展示しております。是非見に来てください。
期間中、出張撮影で出ていることもありますので、写真も見たいけど僕にも会いたい!という方は、お越し頂く前にご一報頂けるとありがたいです。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します。

「芦屋水道橋写真コンクール写真展」
10月14日(金)15日(土)16(日)
10:00~18:00

studio dp
芦屋市親王塚町10-1

真心米2016

今年も真心米の収穫が無事に終わりました。そしてパッケージ写真の撮影も無事に終わりました。今年で6年目。パッケージは6作目となります。いまだに「初年度のパッケージが一番!」と言われますが、あの年は東日本大震災の復興支援で販売することが決まっていたので唯一「田植え」の時に撮ったものなのです。二年目以降は「稲刈り」の時に撮っているので、趣きは変わるかもしれません。とはいえ、毎年パッケージの写真を楽しみにされている人がたくさんいらっしゃって、中にはそのパッケージを額に入れて飾ってくださっている人がいると聞いて燃えない訳がありません。今年はちょっと農家の方にご協力頂いて軽トラの荷台から撮りました。ある程度自分の頭の中にイメージを構築してきて、思ったとおりの写真が撮れました。ホっと一息でFB用の写真を撮ってると知らぬ間に背後にいらっしゃったようです。タオルで口元を覆っていたので「あやしい」と言われましたが、コンバインを駆って稲刈りするのを撮る際、ものすごいカスが舞うんですよ。意外と大変なんです。

夜の懇親会で打ち合わせを行うのですが、今年は熊本にも送らせて頂くことになっており、その辺も含めて、発送作業等で例年通りまた11月にここへ戻ってくることになりそうです。

もう生産者の橋本さんとも6年目ですか・・・ホンマに僕の親戚のおじさんみたいな感じですね。そんな北九州の親戚のおじさんに別れを告げ、最終のみずほに乗り込み相棒が待つ新神戸へ。

今回もお世話になりました。ありがとうございました。

僕の好きなおじさんの遺影

今日亡くなった叔父さんの写真について。叔父さんとしてよりも、本当は同じ職場の偉いさんという立ち位置でしたけど、あんまりそういう感じがしない人でした。きっと周りは迷惑したでしょうし、嫌な思いもたくさんしたと思うんですけど、本人は最高にハッピーな人生だったのではないでしょうか。そして、そういう好き勝手生きた人生のわりに、人から嫌われることのない人だったと思います。それがあなたの人徳だったのかもしれません。
僕は、竹園という所には三つのターニングポイントがあると思っていて、一つは初代の奥さんが早くに亡くなってしまったこと。二つは長男さんではなくて次男さんが継ぐべきだったということ。三つは阪神大震災。この三つのターニングポイントで別の方向に行っていれば、恐らく全く別の未来があったんだろうなと思います。きっと、初代の奥さんが生きていれば、二代目には次男さんを任命していたと思います。そう考えると、三兄弟の一角が崩れた今、本当に時代の終焉を感じずにはいられません。
僕が竹園に在籍している間、ほぼ毎晩レストランきくで顔を合わせていたし、晩年はそれこそフランクに色んな話をしました。誰よりもレストランきくを愛し、この世の中で一番たくさんきく弁当を食べたのは、きっと自分の母親の名前のついたレストランでありメニューだったからなのではないかと思います。そんなあなたが愛したレストランきくもきく弁当も、もうこの世にはありません。だからやはり時代の終焉を感じずにはいられないです。

今回、ご子息から遺影を提供してほしいと依頼されました。毎晩レストランきくで会っていたので、僕はたくさん写真を撮っていたのです。複数枚候補写真を選んだのですが、その中で僕が一番好きな写真を満場一致でご家族の皆さんが選んでくれたことを、僕は写真を撮ることを生業にする者として、とても誇らしく思っています。そしてお姉さん、弟さん、妹さんも彼らしい表情の素晴らしい写真と言ってくださったようです。近しい人が思わず声をかけたくなる写真、その写真からその人の声が聞こえてきそうな写真、その写真の中にその人が生きている写真、僕はそういう写真が撮りたくて毎日シャッターを押しています。叔父と甥というよりも、友達のように色んな話をしてくれて、たくさんの思い出をくれた人の人生の終わりに、自分が撮りたい!と思っていた写真を側に置いてもらえることは、自分の進んでいる道が間違いではないということを示してもらったような気がして、とてもとても嬉しいです。

一枚でも多くそういう写真を残せるよう、もう一つの僕の目でたくさんの真実を見て、そして写していきたいと思っています。心残りはスタジオで写真が撮れなかった事ですが、いつか空で会ったら、もっともっと深い写真を撮らせて頂きます。その時まで待っててください。
生前最後にお会いした時、「俺が言うのもなんやけど家族は大事にせなあかんで」という一言、忘れません。ホンマにあなたが言うのはどうか?という一言でしたけど、色んなことがあったあなただからこそ言える一言なのかもしれないですね。

たくさんの思い出をありがとうございました。

R.I.P. 専務

パッケージ写真への思い

今年の真心米のパッケージが完成しました。これを生産者の橋本さんに送ってパッケージングして頂き、発送先が決まったら母が送り状を書いてくれて、それを持って北九州に行って発送出来るのが今月末か来月頭といった感じでしょうか。このルーティンを行うようになって今年で五年目です。初年度は一人でネット販売を請け負ったので大変でしたけど、二年目以降は一般販売を行なっていないので、気持ち的には楽です。今年は麻生ジャイアンツが夏合宿でお世話になった栃木県が水害で大変だったので、そちらにも送らせて頂く予定で、僕が今、受け入れ先と交渉している最中です。

色々思うところもあるんですけど、生産者の橋本さんが「ワシは梅田さんが担当してくれてるからやっとるんや!」と仰ってくださって涙の抱擁を交わしたこと、そして毎年このラベルを楽しみにしてくださってる方がいらっしゃること、その中でも毎年額に入れて飾ってくださっている方がいらっしゃること、勿論それは桑田さんだからこそ!な訳ですが、写真を撮る者として、それ以上名誉なことはない訳で、やっぱりそういう人達の為にも自分が動けてこのプロジェクトが続く以上、継続することが僕の使命なのかなと思っています。当然「桑田さんの真心米」なんですけど、やっぱり北九州の地に誘ってくれた松田先生、生産者の橋本さん、そして梅田の真心米でもあるんじゃないかと思っています。

送り状の発送先を「アミーチ・デル・クオーレ」にする為、僕の住所と電話番号を書くので、発送後に「桑田さんによろしくお伝えください」という電話がかかってくるんですけど、昨年三宮の地下街を歩いている時にそういう電話がかかってきて、歩きながら御礼を言って切ろうとした時、「毎年ラベルの写真を本当に楽しみにしている。カメラマンの方にもくれぐれもよろしくお伝えください」と言われ、もう立ち止まって深々と礼をして周りの人にギョっとされて・・・その後、ちょっと泣いたのも見られたと思うんですけど、僕にとってはそういう一言がやっぱりキラキラ光るダイアモンドのような勲章な訳で、やっぱり本当に嬉しかったんです。ありがとうございました。

今年も一番最初にカミさんに見せたんですけど、とても優しい表情で「いいね」と言ってくれました。今年はいつも以上にお米を手にした人が優しい表情になるような写真を!と思って撮ったので、今日の君の「いいね」は最高でした。

ありがとう。

真心米2015

真心米、今年も無事に収穫しました!そして今年のパッケージは桑田さんと共にここ数年の「やっつけ仕事」を反省し、定番となっていたゴルフウェアではなく、アミーチTシャツに身を包んで頂き、刈った稲穂をボールに見立て、往年のマウンド上での「ボールとの対話」の稲刈り版!的なアプローチで撮り切りました!

今年は台風の影響もあったようですが、生産者である橋本さんの手腕で見事な豊作でございました!ありがとうございます!

夜はミーティングを兼ねた懇親会。僕にはまだパッケージを仕上げて袋詰め、そして出荷作業が残っております。今年も最後まで頑張ります〜!

ちなみに我が家は毎年橋本さんがくださるお米で一年もってしまいます。二人家族だし週の半分はパスタなので。当然新米の内に食べるのが一番なんですけど、時間が経っても風味も食感も劣化しないのが真心米の凄いところなのです。

嬉しい言葉

先日、仕事で行っている保育園の保護者の方から「最後の販売分を買うのを忘れて卒園してしまった。もう購入出来ないか?」という連絡を頂きましたので「構いませんよ」という返事をした後、名前を聞いたら二年前にお姉ちゃん、そして今春にお弟君が卒園した方でしたので、「Mちゃん(姉)とH君(弟)によろしくお伝えください」と言って電話を切ったのでした。

で、昨夜。一日外現場だった為、夜寝る前にiPhoneでメールチェックしたところ、その保護者の方から販売希望分が書かれたメールが届いていて、その最後は以下のように綴られていました。


うちの子どもに「保育園のカメラマンさん、2人の名前しっかり覚えててくれてたよ!」と報告したところ、すかさず「梅田さんやろ!?いい人やったー!」と声を揃えて言ってました。
長い期間、常にそばで見れない成長を追い続け、写真という形で残してくださったことに感謝しております。ありがとうございました。


夜寝る前、布団に入ってからチェックしたので、真っ暗だったこともあり、久しぶりに本当に久しぶりに声を上げて泣いてしまいました。本当にありがたい言葉です。
保護者の方と接する機会はそんなに多くないですし、申込用紙とお金をお預かりして写真を納品するという関係ではあるのですが、こういう風に見てくださっていて、こういう言葉をかけて頂けるなんて、僕は本当に幸せなカメラマンだと思います。
独立して5年が経過しようとする今、「皆さんの素晴らしい人生に携わる一枚を撮ることが自分自身の幸せ」という思いを胸に新しい場所に移って来た中で、本当に本当に背骨に響く優しい言葉を頂きました。ありがとうございました。

そして今日、三組のご家族の写真を撮らせて頂きました。今日撮ったご家族の10年後、20年後、30年後を撮らせて頂けるよう、そしてもっともっとたくさんの人の人生を一枚の写真に刻めるよう、梅田、頑張ります!

ご縁を頂いたパン屋さん

一昨日と昨日の二日間でやらなきゃいけないことを済ませ、今日一日フリーにし、ちょっとしたかったことを実行。
午前中に大阪で用事があった相棒を迎えに行って、そのまま先日撮らせて頂いたパン屋さんを回ってきました。残念ながらお休みのお店もありましたが、買ったパンを食べながら次のお店を回るのはとても楽しかったです。

各々のお店を回らせて頂いて感じたことは、その街の空気というか、人々の暮らしでしょうか。最近はコンビニとかスーパーでパンを買う人が多いと思いますが、街のパン屋さんだからこそ、その街の人々の暮らしに溶け込んだパンが焼かれてると思うし、上手くいえないけど、自分の生活に密着した味があると思うんですよね。学校帰りに食べたパンや毎朝食べたパン、きっと生活の一部になったパンが街のパン屋さんにはあると思うんですよね。そういうパンが身近にあるって素敵なことだし財産だと思います。

今回知り合う事が出来た皆さんは、毎日真摯にパンと向き合ってる方々ばかりです。お近くにお住まいの方は是非足を運んでください。本当に美味しいです!

やさしい風
兵庫県尼崎市潮江2-1-1
フリアンド
兵庫県西宮市若松町3-1
ケルン
兵庫県神戸市東灘区御影中町1-6-8
ビアンヴニュ
兵庫県神戸市東灘区御影1-16-15 エクセレンス御影 1F
原田のパン
兵庫県神戸市長田区六番町7丁目2
レコルト
神戸市兵庫区塚本通5-3-15ウェストコート2番館1F
サ・マーシュ
兵庫県神戸市中央区山本通3-1-3
イスズベーカリー
兵庫県神戸市中央区布引町2丁目1−2
※今日僕が回らせて頂いた順です

パン屋さんとの出会い

神戸パンプロジェクト様よりのご依頼でイメージ写真を撮らせて頂きました。
で、これはオフショト。さすがパン屋さんですね。パンを手に談義を始めると本当に良い表情を見せてくれます。使われるとか使われないとか関係無く、こういう絵を撮ることが僕にとっては幸せこの上ないことだったりします。

やっぱり職人さんってかっこいいですね。パン屋さんだけにきっと朝に厨房で会うと恐いんでしょうけど、それでもやっぱりものをつくる人は優しいですよ。心が温かい人じゃないと美味しいものをつくることなんて出来ないと思います。

ずっと厨房に立つ父を見て来ましたが、やっぱり料理を作っている時、自分が作ったものを美味しいと言ってもらった時、本当に良い表情なんですよね。身内だから撮りませんけど。
そして、やっぱり優しいですよ。強くて優しい。昨日見た皆さんの手は父と同じで大きくて優しかったです。だからやっぱり職人さんってかっこいいんです。
僕が仕事で行ってる保育園の子供達は、コックコート姿の父をヒーローと同じ位置で見ています。なんとかレンジャーを見るのと同じように見ているし、仮面ライダーを呼ぶのと同じように「コックさん!」と呼びます。コックコートの神聖さもあると思いますけど、きっとその本質的な部分である、ものをつくる人の強くて優しい心を大人よりも純粋に感じるんでしょうね。僕も昨日皆さんをそういう目で見ていました。いや、本当にかっこよかったですよ。

秋になると米屋になったりイベント屋になったり野球教室の事務局になったり、それはそれで色々あって見失いそうになることも多いんですけど、色んな街角で切るシャッターが僕を僕でいさせてくれるんだと思っています。皆さんの表情に救われ、道を繋いで頂いています。感謝。

卒 団

agboy

今日で長らく管理させて頂いていた麻生ジャイアンツさんのホームページも契約満了。本当に色々お世話になりました。
2009年の5月、独立して間も無い僕は桑田さんから代官山のイタリアンレストランに来るように言われ、その場で人払いをされた桑田さんが仰ってくださった「何も心配しなくて良い。俺が付いてるから」という一言を僕は忘れません。39歳で何の準備もせずに独立した僕にとって、その言葉は暗闇の中に射す一筋の光でした。
そして、その後移動中の車の中で「この前話したNPOと麻生ジャイアンツの仕事を依頼したい」と仰ってくださったのでした。
二ヶ月後に生まれて初めて行った恵泉グランド・・・その一年後にあんなに通うことになるなんて思わなかったです。とても遠く感じられたその場所が、気がつけば本当に近所のグランドのように感じることが出来るようになったのは、行く度に優しくしてくださった父母会の皆さんの心があったからこそだと思っています。桑田さんは僕に仕事だけではなく、そういう皆さんとの交流も与えてくださり、それは僕にとってかけがえのない財産になりました。

毎年9月から新チームに切り替わる為、ホームページのトップ画像もそこで切り替えるのが定例となりました。いつも8月の夏合宿で撮影、戻って作業して8月31日の夜に更新というパターンで4枚のトップ画像を作りました。最初の二枚分は宇都宮で、後半の二枚は関西で撮りました。
一枚目は勝手も分からずなかなか踏み込めなかった為、素材用として撮りためた中からヘルメットの画像を今村チーフが選んで使ってくれました。
二枚目は二度目に伺った夏合宿でドカベン世代の僕が撮りたかった絵を撮りました。
三枚目は関西で夏合宿中、ツアコン的な仕事がメインで殆ど撮ることが出来ない中、なんとか最終日に撮りました。円陣の中でストロボたいて表情を出すのは不自然だとルーキーズを見ながらいつも思っていたのでリアルに夏のギラギラした感じを出したくてあえて逆光で撮ったのですが、とにかく撮影する時間がなく、一発でイメージ通りのものが撮れて安堵したのも今では懐かしい思い出です。キャプテンの森田君を中心に皆が発するかけ声を円陣の中心で聞けて嬉しかったです。
四枚目も関西の夏合宿中に撮りました。もうこの時は麻生ジャイアンツがこれでラストシーズンになることも決まっていましたし、元気一杯なチームの雰囲気で締めたかったので、二枚目と同じドカベン構図を更に突っ込んだ絵にしました。もう選手の皆との付き合いもそれなりにあったので、「こっち見たらアカンで!」と言っているのにカメラ目線を送ってくる子達がいて微笑ましかったです。最後の最後にちゃんと選手の皆さんとの距離もこうして縮めることが出来たんだなぁと思いながら更新作業を行ないました。
全て僕にとって一生忘れることの出来ない写真です。

僕は麻生ジャイアンツさんに対して何も貢献出来ずに、ただただ皆さんに優しくして頂いただけで終わってしまい、本当に反省することばかりです。
春、小学校を卒業したての新入団の子達のプロフィール写真を撮るのが楽しみでした。
夏、ギラギラした太陽の下で駆け回る子供、見守るお父さんお母さんから元気を頂きました。
秋、吐きそうなほどに切ないグランドに差し込む夕日を忘れません。
冬、吐き出す白い息が空に溶けていく中、成長した子供達の表情を見るのが楽しみでした。
気がつけば本当にたくさんの思い出が一杯です。僕と皆さんの時間はたくさんの写真の中に生き続けると思います。個人的にも色々あった4年間、僕の思いも背負ってくれたチームだったと思います。僕と少年野球の関わりは、今後もアミーチ・デル・クオーレを通じて続いていくと思いますが、僕を救ってくれたこのチームを僕は一生忘れません。
ありがとう!麻生ジャイアンツ! 一足先に卒団させていただきます。