10年という時を撮る

真心米の生産者の橋本さんは、僕にとって実際の親戚の叔父さんよりも親戚の叔父さんのような存在です。
この人の男気が無ければ真心米は成り立たない訳で、初めて会った10年前、真心米のプロジェクトを引き受けてくれる人を探していた際、「ワシで良ければ」の一言で僕を救ってくれたことを昨日のことのように思い出します。

何度も通った初年度に始まり、2年目以降は9月にパッケージ撮影を兼ねた稲刈り、11月に発送作業と年に2回通って来ました。
いつも書いてますけど、橋本さんが待つその地に行くという事は、僕にとって(きっと桑田さんにとっても)親戚の叔父さんの田舎に行くような感覚で、9月にワクワクしながら眺める特急ソニックの車窓の眺めと11月の帰りに吐きそうな程に切ない車窓の眺めのコントラストは、10年経っても全く何一つ変わることなく、僕の人生にたくさんのものを与えてくれました。
4年目くらいからは駅で別れる際、なぜかお互い涙ぐんでしまって・・・ホームで風に吹かれながら、本当に色んな思いを重ねてきました。

実は今年の10年目の真心米のパッケージ写真は、桑田さんと橋本さんの2ショット写真で!と密かに決めていて、僕が思った通りの写真が撮れて、これでいきます!と言ったところ、橋本さんから「皆、桑田さんのパッケージを楽しみにしちょるからワシが写っとったらガッカリさせてしまう!写真だけありがたく貰っておくわ」と照れたように笑って、それがとてもカッコ良くて、少し泣いてしまいました。

10年目の桑田さんと橋本さん、二人のこんな笑顔を撮る事が出来て僕はとても幸せです。同じ10年という時間を共にしてきた僕にしか撮れない笑顔だという自負もあります。

今年のパッケージで10枚の写真が並ぶ事になります。NPOを通じてお米の活動をしていた頃は、それなりに気を使って、真剣勝負のバッテリーのような呼吸で撮って来ましたけど、ここ4〜5年は肩の力が抜けて、リラックスしてキャッチボールしてるような、そんな感覚で撮っています。

ちゃんと僕の写真が向かっている方向にある一枚。大好きな写真が増えました。

麺よりスープ!

食べたラーメンをインスタに上げてるんですけど、まとめてみたらこの一年で相当食ってる事が判明!反省の意味を込め、戒めでこちらにもアップ!2015年の10日に1杯ペースで年間36杯食べた人類みな麺類の時よりヒドいペースですね。ホンマにヤバいと思ってます。本当にラーメンがさほど好きな訳でもないんですけどね・・・見て頂いたらわかると思うんですけど、ある意味「コレクター気質」で食ってるようなもんですね。こうして写真を並べたくて食ってる!と。そんな感じです。

とはいえ、僕は本当にスープが好きで、究極のスープを求め彷徨っている、まさに「人は誰でも幸せ探す旅人のようなもの 希望の星に巡り会うまで歩き続けるだろう」という状態だと思っております。基本的に「ラーメンを食べに出かける」ということはありません。
唯一、「颯人」さんだけは、そこのラーメンが食べたくて、それだけの為に出かけることはあります。基本は現場の行き帰りにその現場の近くに有名店やめぼしい店があれば行くというスタンスです。では、めぼしい店の条件とはなにか?僕の場合、「淡麗鶏清湯」というスープを検索ワードにして店を探します。例えば、現場が堺市だとします。その場合は「堺市 ラーメン 淡麗鶏清湯」というワードで検索し、出てきた店の中から「これかなぁ」というものを選んで突撃するのみです。ちなみに淡麗鶏清湯でも出汁が「煮干し系」の店は除外します。あくまでも鶏メインの淡麗鶏清湯で醤油です。

そんな僕のベスト3
らーめん颯人(大阪・南森町) 裏しょうゆ
鶏喰 〜TRICK〜(横浜・吉野町) 特選鶏のしょうゆ
中華そば おしたに(奈良・尼ケ辻)特選しょうゆそば

上記三店のスープは極上かつ最強です。是非一度お試し頂きたいと思います。

家族はあたたかい

今日は介護施設(サービス付き高齢者向け住宅)の撮影に行って来ました。スタッフの方々が働くところを撮らせて頂きながら、そこで暮らすお爺ちゃんやお婆ちゃんと交流してきました。
色々話を聞かせて頂くと、殆どの方がお子さんが近くのマンションに住んでいて、そこで一緒に暮らせないからここに入居したというお話でした。
それを寂しいことだとかどうだとか言うのは簡単ですけど、現実はそう簡単なことではないんだろうなと思いつつ、仲良くなったお爺ちゃんの部屋まで見せて頂いて、そこの暮らしを受け入れ、前向きにとらえて暮らそうとしているところに、本当に申し訳ないのですが、なぜか切なくなってしまって、いや、なんか、上手く言えないんですけど・・・上手く言えません。

我が家は二世帯で同居していますが、父も母も相棒の明るさに救われていると言ってくれて、そりゃもうイタリア人だから明るいのは明るいんですけど、それだけじゃない何かがあって、多分全員が大人として各々に気を使えていることが平和な毎日を生んでいるんだろうなと思っています。嫌々気を使ってる訳じゃないし、優しい暮らしだと思っています。
この先のことなんて誰にもわからないけど、出来ればこういう優しい日々が一日でも長く続けば良いなと思います。
そんなことを思った飲んだ帰り道、家に辿り着くと心が暖かくなりました。

僕が唯一親戚付き合いをしている大親友のヤスヤさんのご家族にも平和な時が戻ったようで、それが一番嬉しいことだったりします。

家族はやっぱりあたたかい。

2011/09/14/福島・魂の35球

今から7年前の2011年9月14日、僕は福島にいました。その年に起こった東日本大震災復興関連の試合が福島県営球場で行なわれ、試合に出場する桑田さんが当時理事長をつとめていたNPOのスタッフ兼カメラマンとして帯同させて頂いたのでした。
東京駅で一緒に出場する立浪さんや仁志さんはじめ皆さんと合流し福島入りした後、3つのグループに分かれて市内の中学校で野球教室を行なったのですが、桑田さんが後輩を制して自ら一番危険な地域に赴くことを決められたので、当然僕もそこに同行したのでした。
その地域を走っていても歩いている人が誰一人いなくて、アテンドしてくださっている方の「屋外にいることが出来る時間が一日2時間と決まっている。今日、桑田さんが来てくださるから子供達はその時間をその為にあけて待っているんです」という言葉にうなずく桑田さんの厳しい横顔を今でも思い出します。
放射能の影響の為、土を20センチ削ったというグランドは、とても野球が出来る状態ではなかったけれど、桑田さんはいつもと変わらず、特別なことを一切せずに、本当にいつもと何一つ変わらないメニューをいつも通り真剣にこなしていました。野球教室の最後では、必ず自らのピッチングを披露するのですが、グランドコンディションはとてもピッチングが出来る状態ではなかった為、僕が「怪我したらいけないから今日は・・・」と申し出たんですけど、「あの子達の目を見てみろや。投げない訳にはいかんやろ」と、何度も足を滑らせながら、でもしっかりと何かを伝えるようにアウトローに見事なボールを投げ続けていました。いつもは球数を数えることはないんですけど、なぜかその日は数えていて、今でも僕のiPhoneには「2011/09/14/福島・魂の35球」と残っています。桑田さんに帯同して全国の色んなところに行き色んな所で写真を撮りましたけど、この日の福島が一番記憶に残っていて、僕が撮った桑田さんの写真の中でも、好き嫌いは別としてこの写真に一番思い入れがあります。ちなみに一番好きな写真は真心米一年目のパッケージ写真です。

一昨日に真心米の作業を終えた後、桑田さんと色々話していた際、真心米一年目の話になり、「一年目の2011年は9月14日に福島で野球教室を行なって、その夜に東京に戻って桑田さんの家に泊めてもらって、翌朝羽田から北九州に飛んで稲刈りしてますねぇ~」とiPhoneのスケジュールアプリを見ながら報告すると、「あの時の子供達はもう成人してるんだね」と桑田さんが遠くを見ながらボソっと呟いて、なんかほぼ二人同時に「被災地に勇気を!なんて言いながら我々が勇気をもらったような気がする」というような話をしていて、あの時撮った写真に一番思い入れがあるんですみたいな話をしてたら「それ送ってヨ!」と言われ、送ったついでに備忘録的に書き記してみました。

個人的に2010~2013年は色々あって色んなことを覚えてないんですけど、振り返って自分が残してきた写真を見るとたくさんたくさん貴重な経験をさせて頂いていたことが鮮明に甦るので、そうやって何かを残す仕事をしてて本当に良かったと思います。

自分だけではなく、皆さんの思い出も残せることが幸せなことだと感謝しています。

真心米2018収穫

今年も無事に真心米を収穫することが出来ました。これから精米、パッケージングを経て10月下旬から11月初旬にロールアウトです。その頃にまたこの地に戻ります。
今年で8年目。生産者の橋本さんは、もう僕の親戚の叔父さんのような存在で、この地を訪れるのは、親戚のおじさん家に来てるような感覚で、恐らくこの真心米のプロジェクトが終わっても、僕はきっと一年に一回、橋本さんに会いに来るんだろうなと思います。

40歳を過ぎてそういう人に出会えたことが本当に幸せなことだと思っています。いつも僕の人生の中でそういうご縁を繋いでくださる桑田さんには感謝しかありません。
桑田さんはいつも優しくて、今回は梅ちゃん餃子のことで「とにかくお父さんの味が遺っていくことが本当に素晴らしい」と仰ってくださいました。味に対しても「現役時代に食べたのと同じ味!」と太鼓判を押してくださり、気に入って常備して頂いて、マット君と一緒に食べてくださっているようです。
梅ちゃん餃子を愛してくださる前に父のことを好きでいてくださって、父をリスペクトしてくださっている事が本当に嬉しいです。父がどんな思いで料理を作ってきたか、その部分をしっかり受け止めてくださって、その上にタレも餃子も成り立っていることを理解してくださって、我々は本当に幸せです。

なんか、一人で揺られるソニックの車内はいつも吐きそうなほど切なくて、とにかく早くカミさんに会いたいです。

Switch狂想曲

叔母夫婦の引越は昨日無事に終わりましたが、なぜか僕が本日ダイニングに設置予定の電子レンジや炊飯器用のラックをニトリまで買いに行き、更に組み立てまで行なうという・・・母と「きっと世話好きだから楽しんでやってると思われてるんやろな」とドトールでコーヒーを飲む午後。母は世話好きなのかもしれないけど俺は特に世話好きな訳では無いですし、楽しんでやってる訳ではないです。でも、いつでもどこでも「俺がやらねば誰がやる!」と思っている自分がいたりもします。

今朝から相棒が買ってくれたSwitchでドラクエをプレイしています。画面がキレイで動作も滑らか!すこぶる快適です!昔のMacのノートのDuoドックを彷彿させるシステムもイカします。これ、WiFiがある場所でオフ会すれば皆でプレイ出来るんですね。そんな素敵な時代が来るなんて・・・。とにもかくにも相棒に感謝です!本当にありがとう。

僕がそろそろSwitchを買おうと重い腰を上げたのが丁度一週間前。そこからソフマップの抽選に行って屈辱的な外れ方をし、更にはネットで申し込んだビックカメラの抽選にも外れ、このままではイカン!とネットを駆使して情報を漁り、ある程度の確信を持って、週末の梅田ヨドバシに開店前に行けばなんとかなる!という結論を導き出したのでした。どうですか!僕の読みどおり!ムフフ。
ヨドバシは抽選はないんですけど、ゲリラ的に販売することで有名です。館内を徘徊しながらそのゲリラ販売を待つ人たちが「ヨドバシゾンビ」と呼ばれていることもネットで知りました。ゾンビにならなくて良かったです。
ちなみに勝因としましては、ポッ拳というポケモンのソフトが金曜日に発売されて、それに合わせてこの週末は相当数が流れると睨んだことでした。
色々ありましたが買うと決めて一週間以内に手に入れれたので良かったです。僕の前に並んでいた子供達もみんな嬉しそうでした!やったー!
開店と同時に入って45分並びましたが、人類で並び慣れているので無問題。「並ぶ意味合いが違う!」と相棒は怒ってましたけど、「並ぶ」ということに対しての免疫力は確実に人類で培いました。ありがとう!人類!

ドラ10の移行も済んだのでいよいよゼルダやります。来月にはマリオも出ますし超絶楽しみです。この2タイトルに関しては今までのシリーズ全てをプレイしてきました。先日も書きましたが、僕は任天堂のハード専門なのでドラクエはプレステだった7と8はプレイしていません(独立した直後だったので9もやってません)。実はゼルダとマリオの方が断然思い入れは深いのです。なので僕はどうしてもSwitchを入手しなければならなかったのです!

並びながらそう熱弁をふるっていると「バカじゃないの?」と言われましたが、その言葉には確実に愛情がこもっていた!・・・はずです。

カープ優勝に思う

広島東洋カープ優勝おめでとうございます!
デイリーの一面がカープで、いつもの虎の尻尾が鯉になってて、デイリーも空気読むことあるんや!と新鮮な驚きをおぼえた朝です。
という訳で、昨夜からLINEやメッセンジャー、メール等で僕の所にも「優勝おめでとう!」というメッセージがたくさん届いて困惑しております。
皆さん!申し訳ありません!僕はもうここ数年プロ野球を見ておりません。高橋君が監督になったことは知っていますが、背番号24のままだということを先程知りました。それくらい無縁です。阿部も引退していると思ってました。球界全体知らない人ばかりです。「ミコライオ」という響きと、去年のヤクルトのストッパーがグランジのギタリストみたいな奴で、あれ?ストッパーはイム・チャンヨンじゃねぇの?と思ったことが、ここ最近のプロ野球に対する一番の印象です。その程度で申し訳ない!
ただ、カープへの思いはそれなりに強いです。以前の職場で働いていた際、スタッフの層が薄く、よくミーティング等で「我々はカープと同じ!レギュラーが怪我をしたらそこで終る!控えはいない!各々が全試合戦う気持ちで頑張ってほしい!」とゲキを飛ばし続けておりました。そんな怪我人が出たら終るという刹那的な野球をしていたカープが好きで、そこに自分が置かれた環境を重ねておりました。結果、育てた有能なスタッフが「もっと高い給料でもっと質の高い仕事がしたい」と大きなホテルへと移籍していくという、まさに江藤、金本、新井と4番がFA移籍していくのと同じように主力が流出、そこで更に強いシンパシーを覚える、と・・・。
そんな訳で、どこのファンですか?と聞かれたら、色々面倒くさいので、「南海、阪急、近鉄、それと京阪」とネタで答える以外は、少し真面目に「広島の刹那的な野球が好き」と答えてきたことと、ミズノの工場で頂いたこの名刺入れの効果で、僕がカープファンであるというように周知されていったようです。ただまぁ、先にも書きましたが、野球自体見ておりませんので、カープ云々という話でもなく、せっかくメッセージを送ってくださった皆さんに対して「申し訳ない!」という返信に追われる一日でした。ホンマにすみません!


この名刺入れを頂いた2012年の夏の時点で、工場でもカープの名刺入れと楽天の名刺入れは不人気故に相当数が余っており、まだカープ女子も盛り上がっていませんでしたが、桑田さんに苦笑いされながらもカープの名刺入れを手にして「近い将来カープの新時代が来ますよ」と言った自分を褒めてやりたいです。

この名刺入れは高級グローブの革で作られているので本当に手触りも良く、製品として素晴らしいので手放せません。使っていると、80%くらいの確率で「カープファンなんですね!」という一言と「巨人ファンだと思ってました」という一言が返ってきます。ハッキリ言っておきますが、僕は子供の頃から巨人ファンだったことは一度もありません。好きとか嫌いとかいう以前に仕事でしたし、「負けると皆の機嫌が悪いので勝って欲しい(ウチにいる時だけでも良い)」とか、「勝っても負けてもさっさと試合を終らせて帰ってきて食事して寝て欲しい」とか、そういう気持ちが強かったです。純粋に野球を見ることなんて無かったですねぇ。それが染み付いて今もその時の感覚が残っているんだと思います。野球場の思い出といえば、1990年・ストーンズの東京ドーム、1997年・イエモンの西宮球場ですよ。それと甲子園のロッカー with 照本さん。桑田さんの仕事で何度もドームのグランドに立ちましたが、その都度「これがキッスとかエアロがやった東京ドームか!」と呟き、野球するより弾かせてほしい!そう思ったものです。すみません。
ただ、2015年のキャンプを撮りに伺った際、菅野投手、大谷選手の撮影でイマイチ評価が芳しくなった僕が、最後の黒田投手の撮影で評価を頂けたのは、黒田さんの人間性のおかげだと今でも感謝しております。あの時の写真は自分の教訓であり宝物。これからも大事にしたいと思います。そういう意味では、黒田さんが胴上げされたと聞いてとても嬉しいです。
最後に一つだけ真面目な話、今年のカープはなんといっても河田コーチだと思いますよ。コーチングスタッフの見直しが大きかったのではないでしょうか。明らかに走攻守が締まりましたから。
そんな今日は朝イチで板宿で撮影。帰ってから母がくれたハモを鍋で頂きました。ビール飲む気マンマンで帰ってきたんですけど、帰り道に昼からのご予約の電話を頂いたので我慢。9月に入り間違い電話が全くかかってこなくなった木村屋さんに思いを馳せながら頂きました。来年も間違い電話、覚悟してます。

感謝の夜

午前中に保育園に写真を届けた後、午後から六甲味噌様の撮影。毎年夏と冬のカタログの撮影をご依頼頂いており、冬カタログの撮影を行なうと秋の到来を感じます。いつもありがとうございます。

撮影後、大家さんの奥様から食事に誘って頂きイソイソと出かけてきました。それも相棒も一緒に。「必ずお二人で」と仰ってくださったのでした。こんな僕の何を気に入って下さったのかわかりませんが、とにかくありがたく、そしてとてもあたたかいお気持ちにただただ感謝しかありません。

思えば、studio dpなんかよりも良い条件がたくさんある中、僕が奥様にお話しさせて頂いて、僕の気持ちを感じて頂いて、それで「どうしても梅田さんに」と仰って頂いて今日もこの家に帰れることを思うと、本当に本当に感謝の気持ちしかありません。どこの馬の骨かわからないような男を信じてくださった奥様の選択が正しかったと思って頂けるよう、一生懸命良い写真を撮り続けたいと思います。本当に優しい方です。

ありがとうございました。ごちそうさまでした。

テレカスがやってきた

リペアに出していたギターが戻ってきました。カスタムショップのテレキャスターカスタム(以下テレカス)です。お金が潤沢にある訳ではないので当然新規で買った訳ではなく、手持ちのギターをトレードに出して入手しました。元々カスタムショップのテレカスはずっと欲しかったのですが、ローズ指板の物がなかなかなくて、メイプルがどうしてもダメなこともありスルーしていたのですが、ロード先でフラっと立ち寄った中古楽器店で見つけて、どうしても欲しくてトレード交渉したら無事に成立した次第。
コンター加工とかちょっと邪道な気がしないでもないんですけど、それはそれで弾きやすいからエエかなという気がしています。
黒に黒のピックガードはどうしてもキースになってしまうので、それはやっぱり嫌ですから、敬愛するミックグリーンのように塗装をはいでもらってナチュラルに!とも思ったんですけど、スタジオのインテリアの一環も担ってもらいたい!ということもあり、キレイなホワイトパールで仕上げてもらいました。アベもこの仕様の物を持っていたようですが、とにかくキレイに仕上がったので良いかなと思っています。こだわりどころは色々あるんですけど、それを語っても仕方が無いのでやめます。

いつもリペアは豊中にあるTone Garageさんにお願いしているのですが、こちらの宮川 卓也さんに調整してもらうと、本当にビックリするくらい弾きやすくなるのでお薦めです。オリジナルのギターもヤバいくらいの鳴りで、僕もいつかオリジナルの一本を!と思っております。

僕はストラトを買いに行ってテレキャスを買って帰る男です。そして、テレキャスよりもテレカスの方が好きなので、純粋なFenderファンからはヤな顔されるタイプだと思ってます。

忘れられない誕生日

201306156月15日は僕の誕生日なのですが、この歳になって誕生日云々という思いがある訳でもなく、また前職の時は毎年誕生日は絶対に仕事があって、特別なことは何一つありませんでした。
ただ、Facebook上ではたくさんの方からメッセージを頂き、とても心が温もりました!ありがとうございました!

誕生日の思い出といえば、可愛かった子供の頃(人は誰でも子供の頃は可愛い)、家で行なっていた誕生日会でしょうか。旅館に住んでいたので、広間に友達を集めるだけ集めてパーティーを行なっていましたが、個人的には母が仕組んだことなので居心地が悪かったことだけを今でも覚えています。ありがたいけど困る、そんな感じでしょうか。思えば僕の人生、そういうことが多いような気がします・・・。

でまぁ、大人になってからは、誕生日といっても特に何がある訳でもなく、今年も例年通り普通に仕事をして、大きなサプライズも無かったんですが、翌日に桑田さんの仕事で名古屋に行って、前日が誕生日だったことを告げると、「じゃぁ夕食一緒にどう?誕生日会しようよ!」と仰ってくださったのですが、先に約束していたことがあったので、後ろ髪が引き抜かれるんじゃないか?と思うくらい引かれる思いで名古屋を後にしたのでした・・・。僕は相手が誰であろうと、どんなことがあろうと、先約を優先する男です・・・。

今年も特に何も無かったなぁなんて思いつつ時は流れ、6月28日に大好きな保育園のお泊まり保育の撮影に伺った際、夕食のカレー作りの合間、カレーを煮込んでいる時間!いきなりサプライズで誕生日会を開いてもらったのでした!
園で誕生日を迎えた子供達と同じように、皆の前に座ってバースデーソングを唄ってもらって、オモチャのケーキを手に子供達からのインタビューを受ける!という儀式(!)なんですけど、もう舞い上がっちゃって大変でした。何を聞かれて何を答えたかも覚えてないですね。それくらい感激しました。祝ってくれた子供達、企画してくださった先生、本当に本当にありがとうございました!梅田、幸せです!

いやぁ、これムッチャ嬉しいじゃないですか!多分、僕が生きてきた中で一番嬉しい誕生日会でした。わずか10分くらいの出来事でしたけど、一生忘れることが出来ないと思います。
その日は父と母もカレー作りに参加していて、気を利かせた先生が二人にも僕の子供の頃の事をインタビューして、恥ずかしい気持ちよりも、二人が語る僕の子供の頃の話を四十三歳になって素直に聞けて、もう溢れ出るものをこらえるのが大変でした。色んな意味で本当に忘れられない瞬間でした。

でまぁ、誕生日プレゼントを頂いたんですが、これがまた最高に良くてですねぇ。僕のことを書いてくれた絵とメッセージが付いた紙が全員分!もうタマランですよ!帰りに別の場所で撮影があって、そこの現場が終わった後、高速のサービスエリアで見たんですけど、鼻水流して号泣ですよ。もう俺、こんなに水分出して良いの?というくらい、えずく程泣いてました。帰宅後、風呂の中でまた泣きました。こんなに愛してもらって、こんなに優しくしてもらって、これ以上の幸せはないじゃないですか。

僕は子供達に一体何がしてあげられるんだろうか。彼等の思い出を写真に込めることが僕の使命だと思っていて、それを一生懸命行なっているんだけど、これだけの幸せをもらって、僕は何もしなくて良いんだろうか。ずっとそのことばかり考えています。いつも一緒にいれるわけじゃないけど、会った時は心から彼等のことを思ってシャッターを切りたい。そう思っています。

僕は本当に幸せです。何度でも言います。本当にありがとう!愛しています。