妻のスープに救われる日々

今朝、血圧を測ったら「127/88」でした。ずっと120/80台を目標に頑張ってきて、130/90台をなかなか割らなかったので、体質的に無理なのかなぁ〜なんて思ったりしたけど、無事に割る事が出来て本当に良かった。体重が減ったり痩せたと言われるよりも嬉しい。

1月29日に測った時が「187/141」で、それがスタートの数値でした。
丁度三ヶ月で「127/88」に到達出来た。
とにもかくにもホっとしている。
一年くらいかかると思っていたので、三ヶ月は上出来過ぎる。

僕はただただ「お金をかけずに誰にでも出来ること」をやってきただけなんですが、先日も書いたけど、そんな僕に「特別」があるとすれば、それはもう我が家のイタリア人の存在以外のなにものでもなく、とにかく本当に毎日一生懸命僕の為に「低糖質&高たんぱく」の料理を作り続けてくれて、「少ない量しか食べないあなたが少しでも楽しめるように」と、同じメニューを作らずにいてくれたことは、本当に涙が出るくらいありがたいことな訳で、中でも彼女が仕事に行く時に仕込んでおいてくれるこのスープシリーズは、僕の最大のモチベーションであり、このスープに支えられ、このスープに救われ、背中を押してもらう日々だと思っています。

何度も書いてますけど、これが到達点だとは思っていなくて、「120/80」台を安定させる事が継続的な目標だと思っています。

よく「そんな生活で苦しくないですか?」だとか「美味しいものを食べれないなんて楽しくないでしょう?」と言われることがあるのですが、特に苦しいと思ったことはないです。苦しいと思ったらやってないと思います。「苦しい」ということに関しては、血圧が「187/141」の生活の方が確実に苦しいので、今の生活は逆に楽です。そして、「美味しいものを食べれない」訳では全くないです。僕は毎日イタリア人のおかげでビックリするくらい美味しいものを食べれています。なので全く問題はないです。

だからきっと行けるところまでは行けるんだと思います。例えゴールが無くても、彼女がいれば、行けるところまでは行く自信が僕にはあります。

35年ぶりのロックガーデン

もう長い付き合いで家族同然の浦上さんが最近山登りにハマっているという情報を聞き、自身も涼しい顔して槍穂縦走しちゅうような我が家のイタリア人が「芦屋に来て長いけどロックガーデンに登ったことがないから連れていって」とお願いしたらしく、二人で行くもんだと思っていたらなぜか僕まで一緒に行かされる事になり・・・。

今はどうか知らないけど、僕らの年代は小中学校の頃の遠足の開始地点がロックガーデンで、そこからあっち行ったりこっち行ったりと学年に応じてコースが変わっていったんですけど、なんせ最初のロックガーデンで体力を激しく消耗するので何一つ良い思い出が無いんですよね。

なので本当に気が進まないまま登り始めた訳ですが・・・。

もう何一つ僕の感情は変わって無かったです。小学校の時の僕と同じ。あの高座の滝に貼ってあるロックガーデンの名付け親だかなんだか知らないけど、あのオッサンをシバきたいわ〜という思いは35年経っても変わらなかったです。それくらい嫌い!ロックガーデン!

とはいえ、さすがに三ヶ月前の僕なら高座の滝までも行けなかったでしょうし、そう考えると筋力と体力がしっかりと復活している証拠な訳で、それはそれで一応大きな収穫でした。

あ!でも本当に一番の収穫は、山で出会う人に笑顔で「こんにちは〜」と言える大人になった事でしょうか。

僕がしていること

2020年4月20日に左の写真をインスタにアップしていたので、良い比較になると思い2021年4月20日右の写真を撮りました。
「ダイエット」という概念でやっている訳ではないのですが、結果的には「効果的に体重を落とす」という行為を行なっているので、全く参考になるかどうかわかりませんが、せっかくなのでここまでの経緯をまとめてみたいと思います。
基本的にお金をかけず誰でも出来る方法だと思います。僕の場合、投資したのはアウトレットで買ったMBT代5000円のみです。12年前にMBTを履いていた時は普段履きにもしていたので3万円くらいのを買いましたが、今回は歩くだけなので見た目もダサくて良いから安いのを選びました。

<動機>
前にも書きましたが、「体重を落とそう」と思ったきっかけは「高くなり過ぎた血圧を薬を飲まずに落としたい」という事です。単純に「痩せたいなぁ〜」という動機であれば、ここまで真剣に取り組んでいなかったと思います。なので、動機の部分はとても大事なのではないかと思います。
僕の場合、「生きてるだけでしんどい」というような状況だったので、あの状態から抜け出せれるのであれば、多少のことは我慢出来るのではないかという気持ちがありました。今でもそれが一番重要な事だと思います。
写真で体重が105キロくらいだったと思います、人生で初めて三桁に到達し「ヤバいなぁ」と思いつつ、コロナ禍でヒマになりヤケも手伝ってこの後体重は増加、最終的にお医者さんと相談して「体重を落とそう」と決意した2021年1月29日の段階で112キロに到達していました。
体重112キロで血圧180、これを血圧120にすることを目標にとりあえずマイナス30キロを目指し2021年1月30日からスタートしました。
2021年4月21日の朝の測定で体重88.7キロで血圧130/90です。後10キロ近く落とすと125/85くらいで安定してくれるのではないかと思っていて、とりあえず体重ではなくその血圧の数値が目標になります。

<方法>
まず最初に決めたのが「白米とビール断ち」です。お腹がポッコリする原因を作っているのが、僕の場合この二つだと思ったので、まずそれを始めました。そこで効果的に体重を落としてからでないと膝への負担を含め運動が出来ないと思ったので、まずそこに着手、結果的に1週間で8キロくらい落ちたので、そこから運動を始めました。
ビールをやめるのは辛かったですが、タバコをやめた時と感覚が近かったので精神的に辛くは無かったです。最初の頃はウォーキング後に「ここでビール飲んだらさぞかし美味いんだろうなぁ」なんて思っていたのですが、「今動いた分がビール1杯でチャラになる」と思ったらとてもじゃないけど飲む気になれなかったです。なので10日くらいで全く欲しなくなりました。白米に関しては後述します。
それに伴い、食生活を見直しました。

・朝/ヨーグルト+プルーン(開始一ヶ月後より+パン or 発芽玄米半盛)
・昼/低糖質&高タンパクメニュー(スープ中心・野菜ファースト)
・夜/カロリーメイト1本(最近はそれを蒸しささみ1本に置き換え)+森永トリプルヨーグルト
※糖質制限や栄養の計算は家内にお願いしています
ただ確実に摂取分が常に足りて無い状態なので体力がない方は無理しないようにした方が良いかと思います。僕の場合、体に肉の貯金がたくさんあるブルジョワだったので、さほど辛さは無かったです。それでも最近は時々フラっとする時があるので、どこかのタイミングで見直しは必要かもしれないです。

以上を現在も続けていますし、目標達成まで続けます。

基本的に「消費カロリー>摂取カロリー」を軸に考えています。そして、消費カロリーを増やす為には運動、僕の場合はウォーキングを行なっています。食事だけで上記のことをすると絶対に無理が生じるのと、どうせなら筋力強化や体力強化を兼ねたいと思っていたので、必ず運動を取り入れるようにしています。梅雨時期に入って歩けなくなれば水泳を取り入れていく予定です。

ウォーキングに関しては、ちゃんと着替えて目的意識をしっかり持って歩くようにしています。僕の場合は、MBTを履いてのウォーキングになります。かかる負荷が全然違うのと、全身の筋肉に効いてきますので、消費カロリーを増やすのと筋力を付けるのとで一石二鳥です。
仙骨を立てて腹筋に力を入れてしっかり早足で歩く。これで10キロ歩き切るとフラフラになります。大体1時間30分くらい。しっかり集中して歩くのが大事だと思っています。
移動で長距離を歩いたりするより、僕の場合はこのやり方が効果的だと感じています。出来れば燃焼系サプリも必須で。

上記のようなリズムを構築出来れば、常時「消費カロリー>摂取カロリー」が保てるので、落ちるペースは段々遅くなりますが、確実に落ちていきます。僕の場合、95キロくらいから落ちるペースが遅くなり、現在は5日で1キロというペースになっています。恐らくこれが1週間に1キロ、2週間に1キロのペースになってくると思われますが、それでも継続すれば「必ず落ちる」ので、自分を信じて継続していくだけ!だと思っています。

「消費カロリー>摂取カロリー」さえ保てていれば、糖質や炭水化物のバランスが多少崩れても大筋で大崩れすることはないので、僕は時々大好物の「モロゾフのとろ生プリン」を食べたりしています。恐らく消費カロリーに対して摂取カロリーが低すぎるので、たまに糖質を少し多めに摂らないと体調にも影響が出るので。ただし、この部分は自分でコントロール出来なければ危険な事になるので気をつけたい部分です。僕は食べたものの数値や諸々の数値をデータ化して自分でコントロールしているので、「最近足りてないから足す」「最近摂りすぎてるからやめる」ということ意識して取り組んでいます。
それが出来ると、二日くらい付き合いで外食が続いても大崩れはしません。ただし、そこでも暴飲暴食する訳ではなく、同席している人が不快な思いをしない程度に量を減らして食べることは徹底したいところです。

<目標とその後>
という訳で恐らくこの状態を続けていけば、僕の中では7月頃には目標の数値である「血圧120/80で安定」に到達出来るのではないかと思っています。その時の体重は恐らく80キロ前後になるのではないかと思われます。

目標に到達したらどうするか?
それを維持すれば良いだけのこだと思っています。
今の段階でコントロール出来ているので「減らすことも増やすことも無い」という状態をキープするのは、さほど難しいことではないと思います。
僕の中では、上記の食生活の昼のところに白米軽く一膳だとか夜にスープを足すとか、そういうバランスの取り方でいけるのではないかと思っています。ダメならまたその時に考えれば良いだけの話だと思っています。
という訳で白米は解禁すると思いますが、ビールは多分もう飲まないと思います。「軽く一杯ならええやろ」が命取りになるのがビールだと思います。お酒は外食時にたしなむ程度で良いんじゃないかと思います。後、今のように追い込む必要もなくなってくるので、家でもたしなむ程度では飲むと思います。でもビールはアカン!ビールだけは命取りになる。それはもう絶対そう思う。

多分、皆さんが一番気になるのがリバウンドという問題だと思います。敬愛するアントニオ猪木さんの言葉を借りるのであれば、「やる前に負けることを考えるバカがいるかよ!」ということです。
リバウンドは「意志」の問題なので、「リバウンドすると思えばする」し「リバウンドしないと思えばいしない」が僕の持論です。なので、僕はリバウンドしない!と思っているので、リバウンドはしません。それも誰の為にやってるか?と問われれば、自分の為にやってることなので、その自分が「しない」と決めたら「しない」ということだと思っています。
最近はリバウンドのことを聞かれるとめんどうくさいので「盛大にリバウンドしたいから頑張って痩せる!」と答えています。僕にとっては本当にその程度の問題です。

以上、参考になったかどうかわかりませんが、これが僕がしていること、考えていることです。
ただ、僕だけの「特別」があるとするならば、それはもう我が家のイタリア人の存在以外の何ものでもありません。彼女がいたからこそ、ここまで順調に推移していますし、気持ちが折れることもなく取り組めています。「これだけ一生懸命やってくれる彼女を裏切ることは出来ない」というのが、もしかしたら僕の最大のモチベーションなのかもしれません。
そういう意味で家庭内にこういう相棒がいることはこれ以上ない強みなんだと思います。

いつも本当にありがとう。

親族会2021年春

実家である竹園の社長(従兄弟)主催で、2019年の春から、毎年春秋の年二回、親族会が開催されています。春は決算報告を兼ねた食事会、秋は創業記念日を共に祝う食事会となっており、家が近所で比較的休日をコントロールしやすいこともあり、僕は毎回必ず出席しております。

今回は春休み期間中ということもあって、遠方からも親しい従兄弟とその家族がかけつけたり、創始者夫婦(祖父と祖母)の祖母側の親戚が参加したり、それなりに賑わって楽しいひとときでした。

僕に出来ることは写真を撮ることなので、最後に集合写真を撮らせて頂きました。

子供の頃は、大勢の親戚が身近に密集して住んでいたので、学校の友達と遊ぶのと同じくらい親戚と遊ぶことが多く、通っていた小学校には1年生から6年生まで必ず親戚がいて、全員仲良くまだのどかだった国鉄芦屋駅前で遊んでいた日を昨日の事のように思い出します。

成長するにしたがって、世襲問題等でその仲はそんなに優しい関係ではなくなりましたが、社長を除いた親戚が竹園の外で生活していることもあり、最近ようやく昔の関係に戻れたのではないかと思います。

多分、そういう関係でなければ、誰もこの会には出席しないと思うし・・・。

今の社長は祖父と祖母が作った看板を一人で背負い、次の代に繋げる為に心血注いでくれているので、とにかく感謝しかありません。何も出来ませんが、その繁栄を心から願っております。

また秋に元気で皆と会えるまで、僕も頑張りたいと思います。

健康体を目指す大きな通過点

昨年末の定期検診の結果を聞きに行ったのが1月28日。
近所の優しい女医さんから「血圧が180を超えていて危険です!でも梅田さんはまだ若いので薬に頼らず自力で体重を落としたら血圧も下がってくると思うので頑張りませんか?」と言われたのが全ての始まりでした。
その時に「今すぐ薬飲まないと死ぬで!」と言われてたら「じゃぁ死ぬわ」と答えていたと思います。

帰って我が家のイタリア人に「そう言われたので頑張ろうと思う」と伝えると、彼女が僕以上に奮起してくれて、低糖質高タンパクのスープシリーズをはじめ、油を使わず無水調理で野菜の旨味を引き出して満足させてくれる料理を作り続けてくれています。毎日インスタにアップしておりますので、気になる方は是非ご覧ください。

という訳で1月29日から禁酒と白ご飯断ちを開始しました。チートデイは僕くらい体脂肪率が高いと無用なので設けずに、朝にプルーンを入れたヨーグルト、昼にイタリア人が作ってくれる料理、夜はカロリーメイト1本とヨーグルトという食生活を開始しました。
体重が落ち始めた2月4日から懐かしのMBTを履いてガチのウォーキングを開始しました。負荷をかけて坂を登ったりスピードを上げて歩いたり、開始から1週間くらいで毎日歩く距離が10キロになりました。店が終わった18時から1時間半くらいをその時間に充てています。

そういう生活を続けて、今朝ついに血圧計のディスプレイから「高」という文字が消えました。我が家で使用している血圧計(オムロン製)は、135を超えると「高」という文字が出るのですが、今朝の数値は「134」でした。

今日に至るまで、インスタを見て頂ければわかると思いますが。我が家のイタリア人は同じメニューを一切出さず、毎日毎日違うものを作り続けてくれました。「少ししか食べないあなたが少しでも楽しめるように」という心遣いが本当にありがたかったです。
お金をかけず自分の意志だけで取り組んでいますが、彼女がいなければ絶対に辿り着けなかった「通過点」だと思っています。
当然のごとくまだまだ続けます。到達点は「健康」です。痩せたくてやってる訳ではなく、健康でいたいだけです。それは自分の為というよりも彼女の為という思いが強いです。
だから自分なりの到達点を目指したいと思います。

二ヶ月前にビール飲んでご満悦にさすっていた太鼓腹(18キロ相当でした)が無くなったのと、血圧計から「高」の文字が消えた、その一つの通過点を記す。

我が心のグアム合宿

毎年1月の終わりになると思い出すのが、2014年の1月末に行われたグラム合宿。
このブログでも書いてきた、2010年から始まった桑田真澄さんの「指導者講習会」を本にまとめる為に行われた合宿でした。一週間ホテルに缶詰になって、ずっとディスカッションして骨組みを作る日々。僕は指導者講習会の第一回目から事務局、カメラマンとして参加して、全ての講義を見聞きしてきたので、桑田さんから内容の確認をされ、「あの時はこう仰ってました」と答えたり、「あの時にこういう事があってこういう意見になりました」的なことを答える役目と、本に掲載する写真の撮影の為に帯同させて頂いたのでした。

今でも思い出す、あの異常な程の暑さだった2010年の夏、第一回の指導者講習会、その第一声が「コーチの語源とは」でした。コーチとは一体どのような役目を行うべきであるか、指導者講習会はそこから始りました。合宿から一年経過した翌春出版された書籍「常識を疑え」の冒頭でもそのことが書かれています。

今、桑田さんはその語源を体現すべく、球春を迎えようとしています。新しい旅を心から満喫して頂けることをただただ願っております。そして、自身が追求した指導者としての理念で、一人でも多くの選手と並走し、最適なゴールに導いて頂きたいです。
今年のNPBは違う意味で楽しみです。

グアム合宿の思い出はたくさんあるのですが、たくさんたくさん、本当にたくさんの話をしました。このチームの絆は永遠だと思っています。

毎年1月の終わりになると、僕はやっぱりグアム合宿を思い出します。

おめでとうございます

桑田真澄さんが巨人軍の投手チーフコーチ補佐に就任されました。ユニフォームを脱がれた後の活動を微力ながらお手伝いさせて頂いてきて、その一つ一つが僕の財産になりました。
この10年以上の年月、桑田さんは一言も「巨人のユニフォームが着たい!」ということを口にしませんでした。もっといえば、「こうなりたい」という事を口にすることはありませんでした。いつも僕に「自分がなりたい姿を頭に思い描いて、そこに向かって努力すれば、必ず良い結果が訪れる」と仰っていました。きっとその通りになったのだと思います。

僕は生まれてからずっとサービス業のど真ん中で育ちましたので、野球選手をはじめ、お越しになられる方々の職業について聞くということがご法度であると教え育てられました。なので、あまり興味がわかなくなったのかもしれませんが、桑田さんに対しても聞かれたら答えますが、こちらから野球の話をしたことはありませんし、聞いたこともありません。そういう部分を評価して頂いて、信頼して側において頂いていたのではないかと思っています。

そういう訳で、この10年以上も「球界に戻りたいですか?」だの「戻るとしたらやっぱり巨人ですか?」等と聞くことは一切無かったです。
でも、「早く球界に戻りたい、そして戻るとしたらきっと巨人のユニフォームを着たいんだろうな」ということは隣にいて凄く伝わっていました。
なので、僕も微力ながら「そうなると良いな、そういう結果が訪れてほしいな」と願っておりました。

ニュースで知る前にお知らせ頂いた際も、とにもかくにも「良かったです!本当に良かったです!」という言葉が出てきました。本当に良かったと思っています。

一緒に色んな場所に行って色んな景色を見てきましたけど、ずっとずっと心の中で「早くユニフォームを着て球界に戻るべき人」だっと思っていました。
だからやっぱり「本当に良かった」と言いたいです。

一つだけ寂しい事があるとするならば、恐らく今年から真心米は出来ないということです。丁度10年続けたので、良い区切りになりましたけど、毎年当たり前のようにある事が無くなるのは、やはり寂しいです。
「僕だけでも秋になったら現地に行こうと思います」と桑田さんに伝えたいと思います。

昨年の真心米の際、なんか本当に予感的なものがあって、このブログにも総括的なこと書いていることに運命のようなものを感じずにはいられません。

とにかく、二度目の現場、心ゆくまで楽しんでください。おめでとうございます。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

まだまだ先が見えないコロナ禍の真っ只中ですが、自分を信じ、自分らしく生きていきたいと思います。

家族全員元気で新年を迎えました。
それが一番だと思っております。

毎年元旦は恒例のご家族が家族写真を撮りに来てくださいます。
今年もまた、「一年に一枚撮り続ける写真」をたくさん撮らせて頂きたいと思っています。

この街角でこの街の幸せを見つめ続け、そして撮り続ける、それが僕のライフワーク。
今年もよろしくお願い致します。

2020年の師走に思う

今週一杯で今年のスタジオ業務も仕事納めとなりそうです。
色んなことがあった一年ですが、最後はしっかりと笑顔でフィニッシュ出来そうです。

8月一杯くらいまでコロナ禍の影響で本当に大変でした。家族会議で「11月一杯をメドにスタジオ業務を一時休業して12月から餃子とカレーに注力しようかと思う」と言って腹をくくったのですが、我が家のイタリア人から「どんな時代でもどんな事があってもあなたの写真を求めてくれる人は必ずいる!だからそんなこと言うべきではない!」と、ビシっと言われまして・・・とはいえ、全く先が見えなくて・・・でも彼女の「今は世の中が混乱しているだけ!もうすぐ、もうすぐ必ず多くの人があなたに撮られに来る!」という言葉を信じて、その言葉を一筋の光だと思い、その光射す方向に歩き出したら、なんと!9月の終わりくらいからムチャクチャ忙しくなりまして、彼女が言ったとおり、本当にたくさんの方々が僕に撮られてくださいました。
それはそれは本当に想像を絶する数のご依頼を頂いたのでした。

新しくお越しくださるお客様はグーグルマップで検索される方が多いようで、「レビューが餃子の話ばかりだったので少し不安だったけど、良い写真撮ってもらえて本当に良かった!」と仰ってくださいます。

「そんな写真スタジオがあっても良いじゃないか」

肩肘張って突っ張ることなく、自然体でそう言えるようになりました。
たくさんの人に僕のシャッターを救って頂いたおかげと感謝しております。
救って頂いたこのシャッターを必ず繋いでいきます!
僕に撮られてくださる皆さん!本当にありがとうございます!

家族全員元気です!
梅田、頑張ります!

10年10枚(米)を振り返る

真心米のパッケージ写真が10枚揃いました。一年一枚なので10年という月日が経過したことになります。僕のキャリアでは、サンプラスさんのカレンダー(11年)に続く長さです。個人を撮り続けたものになると、これが最長です。

写真を見ながら振り返ると、色んなことを思い出します。その時に僕が見ていた日々の光景まで浮かぶので、写真の力って凄いと思います。是非皆さんもstudio dpで毎年家族写真を撮り続けてください。こうして並べてもらいたいです。

桑田さんから「東日本大震災の被害にあった野球少年の為に米を作るから手伝ってほしい」と言われ、いきなり縁もゆかりも無い地の田んぼに呼び出された2011年5月。その時に撮ったのが2011年の写真です。いまだにこの写真が一番!と言ってくださる方が多いのですが、この写真に関しては「販売品」の為に撮ったものなので、僕も撮り方と向き合い方が違うと思います。そして、稲刈りよりも確実に田植えの方が絵になるんです。
この時にお米を売った収益で津波で金属バットが流されたという石巻の野球少年達の為に金属バットを買ってお渡ししました。その全ての作業を僕が一人で行いました。とても心細かったネット販売を開始した直後、本当に僕がアップしてから15分以内にヤスヤさんと照本さんが発注してくれて、モニタを見ながら泣いたことを思い出します。心強かったです。
余談ですが、この写真を見た菅原文太さんから対談の依頼が入ったことが忘れられません。ご本人からも「あれは良い写真だね」と褒めて頂いたことが僕の密かな誇りです。

ずっと2011年の写真を使うと思っていたら、生産者の方をはじめ関係者各位より「毎年違う写真が良い」と言われ、困った桑田さんと僕が少し悪ノリして撮ったのが2012年の写真です。二人とも今より若かったから出来たんだと思います。今は絶対にしません。
また、この年から販売ではなくお米そのものを寄付する形式に変わったのも、このくだけたパッケージになった大きな要因かもしれません。

2013年は小雨が降っていて、桑田さんも早くゴルフに行きたくて、しっかりと稲刈りの作業を行う前に「これが僕のお米です!」的な写真をササっと撮った感じです。

2014年は昨年に続き「やっつけ感」が出てますね・・・。毎年必ずトラクターを本当に上手に駆っていらして、ご本人も「そこをアピールしよう!」と言って撮った写真です。本当は左上の運転席の写真を全面に使っていたのですが、ご本人の「ちゃんと操ってる所も使って!」というリクエストでこうなりました。多分、そのやり取りも覚えてらっしゃらないと思いますが・・・。

2015年、2016年は「ゴルフウェアではなくちゃんと撮りましょう!」と言って臨んだ二年です。桑田さんが代表をつとめていたNPOのロゴ(僕が作りました)が入ったTシャツを着てもらってちゃんと撮りました。2015年は唯一「カメラ目線」ではないのですが、「現役時代、ボールに話しかけていたように稲に語りかけてください」とリクエストして撮りました。ちょっと嫌そうでした・・・。
2016年は一番やりたかった「稲の中に入ってもらって撮る」ということがようやく出来た一枚です。軽トラの荷台から撮ったのですが、そこから「もう少し中に入ってくださいー」と指示してたら、少しだけ入ってこちらを見上げ「これくらいじゃ許してくれへんのやろな」と苦笑いして深く入ってくれたことが印象に残っています。

2017年は、またしてもゴルフウェアに戻り、この年からお互い「肩の力抜いてサっと撮ろう!」という感じになりました。これは僕が小林旭さんの「赤いトラクター」を歌いながら、「ちょっと足かけてくださいー」等と言いながら撮りました。僕の歌にサビの部分で少しだけ呼応してくれた桑田さんの鼻歌までもが聞こえてくるエエ写真だと思ってます。

2018年は、実はちょっと深い写真で、この地に誘ってくれた方の田んぼの前で撮った一枚なのですが、この年でこの田んぼを閉鎖するので、どうしてもその前で撮ってもらいたいんや!という生産者の方の意向があったり、色んな方の思いが詰まった一枚なんです。それをそう見せずいつも通りに撮った僕を自分で褒めてやりたいと一枚です。すきや連でお付き合いが始まったカメラマンの大先輩から「今年の写真は良いですね!好きです!」と褒めて頂いたことも嬉しくて強く心に残っています。

2019年は全く印象がないです。ネタもなく2017年の時のように赤いトラクターを歌っていたら、桑田さんが何も言わずスっとトラクターに移動して、このポーズを取ってくれたので、サっと撮って終わり、そんな感じです。2017年からは本当にそういうキャッチボールを楽しむように撮ってます。真剣勝負だったのは2011年だけですが、多分、我々の距離感が投手と打者からバッテリーの距離感に変わったのは2015年くらいからなのかもしれません。

2020年は、何度も書いてきましたが、根本的に稲が無かった為、トラクターでの稲刈りは出来ないと言われていたので、刈った稲を手にというイメージで現場に入って、それを伝えながら田んぼに行って、阿吽の呼吸で撮った一枚です。少し前に書きましたが、本当は生産者の橋本さんとの2ショットをパッケージにしたかったんですけど、そういう訳にもいかず・・・でも思った通りの一枚が撮れて良かったです。優しく柔らかい笑顔になりました。

さぁ、来年はどんな写真を撮りましょうか・・・。PLのユニフォームとか着て欲しいんですけど、頼んだら絶対に笑いながら「嫌だよ」って言うんだろうな。

来年は縦構図の年。久しぶりに田植えが撮りたいですね。